column / コラム
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2009.12.02

林 建紀のハーレム五十七士 vol.36

スウィング|コンボ     ジョー・トーマス:Joe Thomas(tp)当時49歳

 1941年、第二次大戦への参戦を機にビッグバンドは衰退に向かう。ガソリン、タイヤ、バス、列車といった移動手段の使用規制によって稼ぎ頭の地方巡業に支障を来たすようになる。さらに、戦時特別課税の対象になったボールルームの営業時間短縮や閉鎖、団員の兵役が追い討ちをかけた。しかし、それでビッグバンドが壊滅したわけではない。旺盛な需要があったことは団員の熾烈な引き抜き合戦が物語っている。1950年にカウント・ベイシー楽団がコンボへの縮小を余儀なくされたように、数多くのビッグバンドを解団に追い込んだのは戦後不況と、ビッグバンドからコンボへ、体制の変化だった。戦時下のビッグバンドは数々の困難に直面しつつも、いまだ(最後の)繁栄を享受していたと言えよう。

 1942年8月、AMF(アメリカ音楽家連合会)による第一次録音ストライキが始まり、最終的には44年11月まで続いた。ビバップの胎動をとらえることはかなわず、ジャズ・レコード史上の痛恨事とされる。ビッグバンド経営にとっては致命的ではなかったはずだ。レコーディングやラジオ出演の主眼はプロモで稼ぎ頭ではなかった。仮にそうだったら、ジェームズ・ペトリロ委員長の豪腕をもってしても、ここまでミュージシャンの足並みが揃うことはなかっただろう。1943年9月にデッカがAMFに屈すると、コモドア、ブルーノート、キーノート、シグネチュアなどのマイナー・レーベルが続く。レコーディングに飢えていたミュージシャンが殺到したからたまらない。ギャラが暴落、それを当て込んだインチキ・レーベルすら出現する羽目になる。会社もミュージシャンもレギュラー編成で勘定が合うはずはなく、多くは臨時かつ白黒すら問わないコンボ編成がとられた。そんな時期に生涯最多のセッションに参加したのがジョー・トーマスだ。生涯に参加した録音は62セッション236曲と少ないが、1944年から46年にかけての録音で3分の1を占める。

 1909年7月24日、ミズーリ州ウエブスター・グローブスで生まれる。1928年にセシル・スコット楽団でデビュー、ダレル・ハリス楽団、シャッフル・アバナシー楽団、ハロルド・フラッド楽団など、中西部のバンドを渡り歩く。1934年にニューヨークに進出し、フレッチャー・ヘンダーソン楽団(同年・36-37年)、ベニー・カーター楽団(39・40年)などで名を上げた。退団後はグループを断続的に率いるかたわら、1944年から46年にかけては数々のセッションに参加、48年はコジー・コール(ds)、49年はバド・フリーマン(ts)などと共演した。1950年代以降は表舞台から消えた格好になったが、1970年代の半ばまでフリーランサーで活動を続けた。1984年8月6日、カンザス州カンザス・シティで逝去。

 初録音の候補にサラ・マーチン(女性ブルース歌手)のオーケー・セッション(1925年11月、ニューヨーク)があげられる。時期も場所も疑わしく、伴奏に聴くルイ流のホット・ヴィブラートは後年の奏法とは縁遠い。ミズーリ・アンダーソン(女性ブルース歌手)のヴォカリオン・セッション(1926年6月、セントルイス)のほうが可能性が高いとされる。時期と場所はありえそうだが、ソロが16歳にしては出来すぎで、ルイからの影響もさほど感じられない。初録音説が真実なら大したものだが、その可能性はなきに等しいと思う。

 1934年、トーマスはヘンダーソン楽団に入団する。初セッション(3月、ビクター)の4曲中3曲のソロは看板ソロイストのヘンリー“レッド”アレンに委ねられ、トーマスが聴けるのは1曲、それもテーマの4小節だ。微かなヴィブラートに個性が窺えるが、それ以上は掴めない。初期の姿は9月のアレックス・ヒル楽団のヴォカリオン・セッションにとらえられている。ヴィブラートは小さいが語り口はルイ系だ。10月のセッションに聴くルイに近いソロはベニー・カーターによるものだろう。同年の暮れ、ヘンダーソン楽団はリーダーの商才のなさから解団の憂き目を見た。1936年、トーマスは再起した楽団に再び参加する。今度はロイ・エルドリッジが看板ソロイストとあってソロは許されていない。当時のものではリル・アームストロング(vo)のセッション(1936年10月・37年4月、デッカ)が一聴に値する。やはりヴィブラートは小さくダーティ・トーンも見られない。ルイ系に特有のエグミのなさがスッキリした印象を与える。やはりルイ色が支配的だが、4月の《ボーン・トゥ・スウィング》はロイ系のストレートな語り口を見せた快演だ。

 1939年に入ったカーター楽団でもソロの多くはリーダーがとっているが、ヘンダーソン楽団時代より出番は増えた。アレン系の《サヴォイ・スタンピード》(6月、ヴォカリオン)、ロイ>アレン系の《ハニーサックル・ローズ》(7月、放送録音)が初期を代表する快演だ。 在団時のラスト・セッション(1940年1月、ヴォカリオン)ではスマートなルイといったところで、いまだ発展途上だ。これに続くアート・テイタム(p)のセッション(1941年1・6月、デッカ)になると独自のスタイルを確立している。張りは強いがエッジのないウォームなトーンで、中音域をメーンにシンプルで明快なラインを綴っていく。クールでジェントルな語り口はルイ系にあって異色の存在と言えよう。《バッテリー・バウンス》が一番の出来で、ジョー・ターナーのヴォーカルに付けるオブリガートも実に味わい深い。このあとはスタイルが変わることはないので、重要な演奏を中心に見ていくことにする。

 トーマスの録音ラッシュは1944年1月、ロイの「トランペット・アンサンブル」(以下キーノート)に始まった。ロイ、ロイ系のエメット・ベリーとの競演だ。出来は普通だが、三者の識別が比較的容易とあって、トーマスの個性が手短に知れる。可もなく不可もない演奏が多いなかではピート・ブラウン(as)のセッション(同年7月)、ジョージ・ウェットリング(ds)のセッション(同年12月)が好演揃いだ。前者はアピール力に乏しいが、後者ではシンプルでナチュラルな歌心が楽しめる。1945年から46年にかけても露出度が低いか印象に乏しい演奏が続く。サイドマンの立場を弁えていたという以上に、そもそもアグレッシヴなタイプではなかったことが大きいと思う。そんななかでは、1946年8月にキーノートに残したリーダー・セッションが一番の出来となった。バラードの《ブラック・バタフライ》はウォームでテンダーな持ち味が遺憾なく発揮された屈指の名演だ。これら4曲は前述した「トランペット・アンサンブル」などとともに『ロイ・エルドリッジ&ザ・スウィング・トランペッツ』で聴ける。本セッションが1940年代で最後の録音になった。

 続く1951年と52年の歌伴、53年のリーダー・セッション(シーコ)、合わせて10曲は未聴だ。1954年3月、トーマスはバック・クレイトン(tp)の中間派セッション(コロンビア)に参加する。やや音の張りが失われているがスタイルに変化はない。テクニカルに快走する《ジャンピン・アット・ザ・ウッドサイド》は後期の快演に数えていいだろう。1958年10月、トーマスは最後になるリーダー・セッション(アトランティック)に臨む。トラッド系スウィングの好セッションになった。トーマスもまずまずだが、ディッキー・ウェルズ(tb)、バスター・ベイリー(cl)、バディ・テイト(ts)、ハービー・ニコルズ(p)!など助演陣の好演が光る。1960年代のものでは、オール・スターズ・セッションの『昔は良かったね』(スウィングヴィル)に収録されたバラード《アイ・メイ・ビー・ウロング》(61年5月)が上々だ。1974年2月、トーマスは10年ぶりにヴィック・ディッケンソン(tb)のRCAセッションに参加する。吹けていない。ヨレヨレだ。老トランペッターの典型というべきで、何とも痛ましい。これがトーマスのラスト・レコーディングになった。

 推薦盤はない。リーダー録音をはじめ、録音の多くが4曲セッションとあって、名演が数種に分散している。トーマスを目当てに入手して損はないというほどのものでもない。なにかのついでに入手できたり聴けたりするかもしれないので、ジョー・トーマスという名前(くれぐれも、トランペッターです)のみ記憶に留めておいていただければと思う。
 1950年以降、トーマスが参加した録音は15セッション55曲にすぎない。健康に問題があったのか、ほかで忙しかったのか、録音の機会に恵まれなかったのか、判然としない。「その時」は直前にレックス・スチュワート(co)率いるヘンダーソン楽団のリユニオン・バンドに参加、2カ月後にはリーダー・セッションに臨むなど、まずは活発な時期だった。「その時」は前列中央の左寄り、マキシン・サリヴァン(vo)の右にいる。大した恰幅で健康不安は窺えない。一騎当千のスウィング派のなかでトーマスのようなタイプが本領を発揮できる機会は乏しかったのだろう。アンダーレイテッドになる機会すら放擲したとも思える。決して凡手ではないが、名手と呼ぶにしても二番手におかざるをえないと思う。

A Great Day in Harlem

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