後藤雅洋×益子博之 往復書簡「ジャズにおける身体感覚の変容と認識の切断面 再考」 vol.30
「学習の上で獲得する身体感覚」と「無意識のうちに身についている身体感覚」を一旦分けて考えることは有効である
わたし自身、このような二重の何かを経験していたのかどうか、ずっと考えているのですが、正直なところよくわかりません。84年のA.E.C.公演が個人史の中で決定的であったようには思っているのですが、たまたまチケットをもらって出かけて行った訳ではなく、それまでにジャズにカテゴライズされている当時の新譜は多少は聴いておりました。具体的には、パット・メセニー『トラヴェルズ』、ウェザーリポート『プロセッション』、渡辺香津美『MOBO』などです(いずれも83年発表)。これらの音楽はポップな要素も多分にあり、特にエクササイズをせずとも自然と楽しむことができていたように思います。しかし、A.E.C.の音楽をビートルズのように「ある世代の身体感覚がそれを受け入れる準備が整っていた音楽」とみなすのは無理がありそうです。わたし自身の場合は、後藤さんのようにあるミュージシャンをひたすら聴き込むことによってではなく、世代的な条件から学習せずに楽しめる音楽を通して少しずつ身体感覚が変容していったということになるのかもしれません。
「『学習の上で獲得する身体感覚』と『無意識のうちに身についている身体感覚』」を一旦分けて考えてみるというのは、(この両者が必ずしも明確に弁別できる訳ではないという前提を置けば)有効だとわたしも思います。そして後者を議論するならば、やはり世代論になってしまうのではないでしょうか。そしてわたしはそれを拒否する必要は特にないと思っています。結論は「時代とともに音楽が変化する」で一向に構わない、重要なのは「どのように変化したか」ということが「どのように記述できるか」ということではないかと思っているのです。
つまり、結果的にその記述に寄り添う形になったとしても批判する形になったとしても、今までピンとこない音楽でしかなかったものに、新たな向き合い方ができる可能性が開ければそれでよい、とわたしは考えているようです。
一例といえるかどうか分かりませんが、ひとつ覚えていることをあげてみます。前項で清水靖晃の『北京の秋』について記述しましたが、当時ジャズライフ誌で軒口隆策氏が清水のインタビューでの「シンセドラムを使ったのは山木君がこの前買ったから」という発言を引用し、これは従来のミュージシャンには見られない新しい感覚だ、というような寸評を記していたと記憶しています。多分わたしはその後清水のインタビューを読み返し、あらためて『北京の秋』を聴くことでその面白さを理解していったのだと思われます。
90年代初頭、マイルスの死を象徴的なメルクマールとして、無意識の身体感覚の変容が認識の切断を引き起こした、と仮説をたてたときに音楽との向き合い方を変える可能性を持つ言説が導けるのかどうか、というのがさしあたってはわたしの関心です。
が、後藤さん・益子さんのそれとはずれているのだろうと思います。返信が遅くなったうえにほとんど繰り返しで話が進展していないのは恐縮ですが、どのあたりがずれているのかという点が明確になると議論が道筋が見えやすくなるように感じるのですがいかがでしょうか。


