column / コラム
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2010.01.31

林 建紀のハーレム五十七士 vol.41

スウィング|不明       ビル・クランプ:Bill Crump(as, ts)当時50~51歳(推定)

 アーリー・ジャズ編の最後はビル・クランプなる人物だ。「まえがき」でふれたように、連載のタイトルはクランプに由来する。いきさつはそちらに譲るが、正体不明では員数に入らないというコジツケだ。記録映画『ハーレムの素晴らしき1日』の制作時に関係者にあたったがクランプを知る者はいなかった。または亡くなっていた。公式ホームページの開設時にはそのプロフィール欄に「情報求む」とあったほどだ。今ではharlem.orgとall musicで少しは情報が得られるようになっている。それらを参考にまとめておこう。

 生まれ年をharlem.orgでは1907年、all musicでは1919年としている。前者が妥当なように思う。スウィング派に括っていいだろう。ニューヨークに出る前はニューヨーク州バッファローでバンドを持っていて、集合写真が撮られた頃はアポロ劇場の専属バンドで演奏していた。その後、ジョニー・ホッジス(as)、サム・クック(vo)、ビリー・エクスタイン(vo)、パール・ベイリー(vo)とのロードを経てバッファローに戻り、やがて娘がダンサーとして働いていたラスベガスに移る。15年ほど主にホテルのラウンジ・バンドで演奏、しばしばトリオ編成でストリッパーの伴奏も務めた。1977年にロサンゼルスに移り同地のユニオンに加盟するが、そのあとの活動は今のところ不明だ。1979年、同地で逝去。

 harlem.orgにアースキン・ホーキンス楽団と録音したとあるが、ディスコグラフィーにその名前は見当たらない。アーネスティーナ(vo)のセッション(1955年2月、ジェイ-ディー)にビル・クランプ(ts)なる人物が参加している。これがそうかもしれないし、そうではないかもしれない。そうだとすれば、セッションに参加した集合写真の生存者、ミルト・ヒントン(b)が証言していてよさそうだが。まあ、記憶にないということもある。
 「その時」のクランプは、厚かましくも!前から2列目のド真ん中、スタッフ・スミス(vln)とコールマン・ホーキンス(ts)の後ろに立っている。なぜクランプは「その時」、ジャズ写真史上で最高の1枚に加わることになったのだろう。all musicから引用すると「全くのミステリー」「完璧なまぐれ当たり」から「たまたまそこにいた」まで、好意的なものはない。確かに、集合写真への闖入こそクランプの唯一かつ最高の業績なのだから。

A Great Day in Harlem
Bill Crump at harlem.org
Bill Crump at all music

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