中国系ヴォーカルの起用による「刺激」は良い効果を発揮しているのだろうか?
スティーヴ・コールマンはブルックリン派としてデビューした頃からカサンドラ・ウイルソンをフィーチャーし、歌伴のサイドという発想とはまったく異なるスタンスでヴォーカリストを自分の音楽の中に組み込んでいた。だから、このアルバムがJen Shyuのヴォーカルを前面に押し出していること自体は、さほど不思議ではない。しかしJen Shyuの参加の意味は、カサンドラと同じではない。カサンドラの場合は、同じブルックリン派の仲間という関係だったが、Jen Shyuはチャイニーズなので異文化が交錯する効果が生まれる。まったくの思いつきだが、大昔オーネット・コールマンが読売ランドのライヴ・アンダーザ・スカイに「謎の日本人女性ヴォーカリスト」を伴って登場した時、「面白いこと考えるなあ」とファン一同フクザツな気持ちを抱いたものだが、同じ東洋系ヴォーカルという連想から、あの時のことを思い出してしまった。
そして、「そうか、オーネットは違う感覚がほしかったんだ」と今頃になって合点がいったのだが、そうした視点で見れば、まったく音楽の傾向は違うけれど、ジョー・ザヴィヌルがサリフ・ケイタと共演したのも、似たような心つもりだったのだろうか、などと、連想は果てしも無く広がってしまった。
まあ、こうした想像は当たらずといえども遠からずなのではなかろうか。要するに刺激を求めているのですね。ではこの「刺激」は良い効果を発揮しているのだろうか。ウーン、難しい。悪くは無い。気になるところも無い。しかし、その先のもう一歩が足らないように思うのだ。というか、どのトラックも若干一本調子の気味があり、そのせいか印象が散漫になってしまい、「これはスゴい」というところまでは行ってないように思う。



