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2009.01.15

2008/2009 − 私と!?と音楽と vol.05

村井康司の2008/2009 - 私と本と音楽と

 いやまったく申し訳ない。
 懸案のジャズ本(アルテス・パブリッシングから刊行予定)を2008年に出すはず、だったのだが、ふと気が付くと2009年になっているではないですか!
 アルテス・パブリッシングは、ピーター・バラカンさんの名著『魂(ソウル)のゆくえ』増補版を出したり、片山杜秀さんの『音盤考現学』『音盤博物誌』が吉田秀和賞とサントリー学芸賞をダブル受賞したり、と、実にすばらしい本を次々に出している新進出版社。そこで本を出させていただけるのは光栄なことなのに、この怠け者馬鹿中年しかもワインと日帰り温泉好きは、なんという罰当たりなやつであるのか。
 というわけで、自らに縛りを与えるために、現在準備中の本『ARTES JAZZ 101』がどんな本か、をここに書いておきましょう。
 これはですね、好きなジャズのCD101枚を選んで、それぞれ1200字ぐらいでそれにまつわるあれこれをほざき、「関連アルバム」としてそれぞれについて何らかの関係があるCD2枚ずつを添える、という、まあよくありがちなガイド本であります。1945年のチャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーのタウンホール・ライヴに始まり、大友良英ニュージャズ・オーケストラに終わる、という構成で、マイルスだけが6枚入っていて、あとは一人(1バンド)につき1枚という基準でセレクトしました。
 文章のごくごく一部を引用するとこんな感じだ。
  
<タイトル曲は形式的にはマイナー・ブルースだけど、ピアノが今にもぶっ壊れるんじゃないかと心配してしまう強靱なタッチで、音域的な常識などまったく無視して超低音と超高音を同時に叩き、マイナーとメジャーがぐしゃぐしゃに混在する(だから「ブルース」なんだけどね)暴力的な演奏をぶちかまされると、もうこれは「エリントンのフリー・ジャズ」だ、と断言したくなるではないか。エリントンを崇拝していたミンガスもつい調子に乗って、ワン・コーラスを「ベース弦ぶっ叩き奏法」、しかもずっと同じ音だけ(笑)、などという狼藉を働くし、ローチもこの老人には本気出さないと負ける、と思ったのだろう、えらく張り切って強力なアクセントを随所に叩きこむしで、なんというか、えー、うるさいトリオであります。>

 何について書いたのかは、もうおわかりですね?
 
 というわけで、2008年は「本が出せなかった年」で、2009年は「本を出す年」になる、予定。いやいや、ぜったい出します出します鈴木さん。
 
 ところで、音楽について、さいきんいちばん気になっているのは「音色」「ニュアンス」「タッチ」「ハーモニーの色彩」かなあ。昨日バリー・ハリスを生で聴いて、このじいさんがあまりにも美しい音色とタッチと色彩感でバラードを弾くのに感嘆しました。
2009.01.15

2008/2009 − 私と!?と音楽と vol.04

益子博之の2008/2009 − 私と他者と音楽と

■2009年の展望

別に年が改まったからといって、個人的には何ら変わるところはない。折角、後厄が終わったにも関わらず、寧ろ運勢が悪化したかのような1年を過ごしてきた上に、世界情勢的にも明るい兆しは見当たりそうもないし。などと独りごちつつ、07〜08年にかけて、ジャズにおけるポストモダニズムなるものの在り方が自分なりに朧気ながらも掴めてきたつもりでいたのだが、08年後半からは更に新たな胎動のようなものも感じるようになってきた。09年はその動きを丹念に追いかけていきたい。

それから、別の場所にも書いたことだが、このcom-postは私たちが言いたいことを言い放しにするために用意したわけではない。ジャズに関連した音楽の情報や批評のための開かれた場にしていくような動きも始めたいと考えている。気長にお付き合いいただければ幸いである。


■2008年の10枚

さて、ついつい習慣のようにこうしたことを考えてしまうわけだが、こうした考え自体がある種、排除の論理を持っていることくらいは承知しているつもりだ。ただ、こうしたリスティングから見えてくるものも確かにあるわけで、まずはそこから始めていくしかないのではないか? などと考えつつ、以下は順不同。


Tony Malaby Cello Trio: Warblepeck (Songlines Recordings SGL SA1574-2)
Tony Malaby - tenor & soprano saxes; Fred Lonberg-Holm - cello, electronics; John Hollenbeck - drums, marimba, xylophone, glockenspiel, melodica, small kitchen appliances.

Refuge Trio (Winter & Winter 910 149-2)
Theo Bleckmann - voice, live electronic processing; Gary Versace - piano, accordion, keyboards; John Hollenbeck - drums, percussion, crotales, vibraphone, glockenspiel.

Bad Touch: Like a Magic Kiss (Bad Touch Music 8 84501 03270 4)
Loren Stillman - alto sax; Gary Versace - organ; Nate Radley - electric guitar; Ted Poor - drums.

ともあれ、新しい才能の開花に立ち会えることは嬉しくも楽しいものであり、2010年代を展望するキー・パーソンにジョン・ホレンベックとゲイリー・ヴァセイシの2人が含まれることにおそらく間違いはないのではなかろうか。ここにあるのは上記の新たな胎動のひとつの形で、これまでは直接的なエレクトロニクスやポストプロダクションの導入によって表現されてきた、所謂エレクトロニカ〜グリッチ〜アンビエントや“音響派”の持つ/与えるデジタル・コミュニケーション・メディア時代の身体感覚が、広く深くミュージシャンの身体にも浸透してきた結果、楽器/非楽器の生演奏を通じて表現可能となってきたことの証か?


橋爪亮督グループ: As We Breathe (BounDEE Jazz Library DDCB-13004)
橋爪亮督 - tenor sax, loops; 市野元彦 - electric guitar; 織原良次 - electric fretless bass; 橋本学 - drums; 浅川太平 - piano, rhodes piano; 浜村昌子 - piano.

市野元彦: Time Flows (Like Water) (BounDEE Jazz Library DDCB-13007)
市野元彦 - electric & acoustic gutars, loops; 是安則克 - bass; 外山明 - drums; 土井徳浩 - clarinet.

この御両人を知ることが出来たのも2008年の大きな収穫。こんな音楽=ポール・モティアンを嚆矢とするNYダウンタウン〜ブルックリン派に通じる音楽をやってくれる日本の若手(といっても40前後だが)が登場したのだ。誤解を招きかねないので補足すると、何も「日本人がようやくNY勢の先進性に追い着いた」というようなことが言いたいわけではない。“同時代の、我々の、音楽”と感じられるものを届けてくれる日本人にまたもや出会えたという感慨である。特に市野のスポンテイニアスなポリリズム志向に期待大。


Brian Blade & The Fellowship Band: Season of Changes (Verve Music Group B001069602)
Myron Walden - alto sax, bass clarinet; Melvin Butler - tenor sax; Jon Cowherd - piano, pump organ, moog, wurlitzer piano; Kurt Rosenwinkel - electric guitar; Chris Thomas - bass; Brian Blade - drums.

実は今年一番よく聴いたのはこれ。ライヴもヴィレッジ・ヴァンガードで最終日2セット、東京のコットン・クラブで二晩1セットずつを聴いた。個人の自己表現/自己表出ではなく、楽曲表現への奉仕こそがグループ演奏の核心というポストモダニズムのひとつのあり方。センチメンタルに過ぎると感じられる方も居ろうが、00年代の閉塞感とそこから脱出したいと希求する気分を象徴的に示しているような気がしており。


Eivind Opsvik: Overseas III (Loyal Label LLCD003)
Tony Malaby - tenor sax; Jacob Sacks - piano, farfisa organ, celeste, wurlitzer piano, rhodes piano; Larry Campbell - pedal steel guitar; Eivind Opsvik - bass, tack piano; Kenny Wollesen - drums, cymbals, gongs, timpani; Jeff Davis - vibraphone, xylophone.

こちらはブライアン・ブレイドとは違う意味で時代の気分が反映されている。スティール・ギターのメロウなサウンドに導かれて、夢見心地にうたた寝をしていると、沈鬱な悪夢が襲ってきてうなされる...という場面が交互に延々と繰り返されるような不吉で気味の悪い音楽。


Open Loose: Strange Unison (Radio Legs Music RL013)
Tony Malaby - tenor sax; Mark Helias - bass; Tom Rainey - drums.

Ben Stapp Trio: Ecstasis (Uqbar Music 8 84501 05243 6)
Benjamin Stapp - tuba; Tony Malaby - tenor & soprano saxes; Satoshi Takeishi - percussion.

トニー・マラビーがメロディックなインプロヴァイザーとしての実力を全開にした2作。実はこういうのは久々で、ついつい盛り上がってしまったではないか。後者での武石聡のアジア風味パーカッションの録音も貴重。


Andrew D'Angelo Trio: Skadra Degis (Skirl Records SKIRL 008)
Andrew D'Angelo - alto sax, bass clarinet; Trevor Dunn - bass; Jim Black - drums, electronics.

グッチョングッチョンの、どフリーばかりの印象が強かったアンドルー・ディアンジェロが、ストレートなジャズでキメてくれた快作。脳腫瘍からも順調に回復しているようで目出度し目出度し。ヨレヨレのヴィブラートとジム・ブラックのシャープな4ビートのアンバランスさが不思議と気持ち良く。


Buffalo Collision: Duck (Screwgun Records Deception Series)
Tim Berne - alto sax; Ethan Iverson - piano; Hank Roberts - cello; David King - drums.

ティム・バーン、久々の新録。バッド・プラス2/3が参加しているので、ファンキーに爆裂してくれるのを期待していたのだが、残念ながら辛気くさく只管沈潜。とはいえ、純粋アクースティック・サウンドを素材にデイヴィッド・トーンが音響処理を施した結果、ハイパーリアルな音像によるアンビエント+グリッチの風情が濃厚に。軋み続けるアルトとチェロと一体となって、ギクシャクとつんのめり、唐突に譜割が変わり、更にリズムが訛るピアノとドラム。復活したブラッドカウントに顕著なこれまで通りの展開も随所にあるので、これが新境地と言い切れるのか言い切れないのかはビミョーなところ(判断保留中)。


次点:

Elephant9: Dodovoodoo (Rune Grammofon RCD 2075)
Ståle Storløkken - rhodes piano, hammond organ, synthesizer; Nikolai Eilertsen - electric bass, electric guitar; Torstein Lofthus - drums.

Humcrush: Rest At Worlds End (Rune Grammofon RCD 2081)
Ståle Storløkken - keyboards; Thomas Strønen - drums, electronics.

暮れも押し詰まってからようやく届いた上記2作も面白かったのだが、エレファント9なぞは身も蓋もない言い方をすれば、初期ウェザー・リポート+エマーソン,レイク&パーマー以外の何者でもないわけで。ノルウェイのこの世代が60年代後半〜70年代前半のモダン・ジャズとプログレッシヴ・ロックに抱き続けるオブセッションの正体は一体何なのだろう? この尋常ではない切迫感は00年代特有のものだが。ともあれ、トマス・ストレーネンは今後の動向が見逃せない一人。エレクトロニクスにも精通した繊細な手捌き、音楽に触れる視野の広さは、ポール・ニルセン=ラヴ以上に注目されて然るべきだと思う。
2009.01.15

2008/2009 − 私と!?と音楽と vol.03

原田和典の2008/2009 – 私と納得と音楽と

●2008年の回顧と2009年の抱負

年をとると時の流れが速くなるといいます。
若いころは“そんなものかなあ”と思っていましたが、エトを3まわりも経験すると、その言葉の真実味が身に沁みてわかります。
2008年は従来よりさらに猛スピードで私の中を駆け抜けていきました。com-postにも混ぜていただき、レコードやCDを予算の許す限り買い、ライヴに行きまくり、原稿もたくさん書いたし(ご依頼ありがとうございます)、共著も含めて本も出すことが出来ました。光栄です。世間ではポニョが流行っていましたね。私の甥もハマりまくっておりまして、何度彼の前でポニョの物真似をさせられたことか。
気がつくとエリック・ドルフィーより長生きしてしまいました。もう少しでジョン・コルトレーンの享年と同じです。自分にとって納得のいく毎日を送りたいものです。
09年も、いろんなプロジェクトに携わる予定です。自分の能力など大したものではありませんが、「できることをやるだけさ、そしたらうまくいくものさ」というボブ・ディランの言葉を胸に精進します。

本日の1曲:http://jp.youtube.com/watch?v=kGauog2Ykl8
2009.01.15

2008/2009 − 私と!?と音楽と vol.02

八田真行の2008/2009 - 私とダイエットと音楽と

年頭企画ということで何か書かなければならないのだが、元々行き当たりばったりの出たとこ勝負で生きてきた人間なので、抱負も決意も取り立てて何も無いのである。困ったなあ。まあ、今年一年食いっぱぐれ無く生き延びられれば、それはそれで人生上出来の部類と考えている。

音楽方面における個人的な野望としては、日本の音楽(別にジャズに限らない)を英語で海外に紹介したいというのはある。ここ数年同じことを思い続けているのだが、根性と能力と暇が無くてなかなかうまく行かない。そこで、今年こそは、と決意を新たにするのである。決意だけは。

あと、そろそろレコード中毒から抜け出したいという切なる希望もある。最近暇を見つけては自分のCDコレクションの整理とデータ化を進めているのだが、当人が言うのもなんだけど、あまりのベラボーな量に圧倒されて絶望した。かつてチャーリー・パーカーは腕のヘロイン注射痕を指さして「これが私のキャデラックだ」「これが私の家だ」と寂しげにつぶやいたというが、今の私にはパーカーの気持ちがよく分かる。ここ数年の私の収入の相当部分は、このプラスチック板の山に消えてしまったのだ。もう少し健全な趣味、例えばエンタの神様を見て笑うとか、小麦フスマを食べるとか、一日5km走るとか、そういうものでハイになれる燃費の良い体になりたい。そうすれば痩せられるはずだ。たぶん。

あとはそうですね、何にせよ〆切が守れるようになりたいです。これが一番むずかしそうだ。
2009.01.15

2008/2009 − 私と!?と音楽と vol.01

後藤雅洋の2008/2009 - 私と還暦と音楽と

2009年、年頭所感 〜 そして2008年を振り返る

子供の頃、三日坊主の「日記」新年最初のページに「今年のもくひょう、その1、100メートルおよげるようになること、その2、なんとか、その3、かんとか、、、」などと可愛いことを書いた記憶があるけれど、まあ、実行できたのは、いいとこ三分の一だった。
こうしたダメな性格はオトナに、いや還暦を迎えても一向に改善されない。今年も相変わらず「出来もしないこと」を延々と書き連ねるのだろうか。

イヤ、人間はいくつになっても変われるハズで、2009年からは「新しい人間」になるのだ! 還暦は生まれ変わるという意味もあるんじゃないか! と、書いてる自分がハズかしくなるようなことをぬけぬけと言えるようになったのも、年の功かもしれない。

戯言はさておき、2008年は私にとってとりあえずの「責務」のようなものを果たした年だった。というのも、2007年末、集英社新書から上梓した『ジャズ喫茶 四谷いーぐるの100枚』で一応自分の店についての「総括」は済んだのだけど、そもそも「ジャズ喫茶」という40年以上ご飯を食べさせていただいた職業に対する「オトシマエ」はつけていなかったことが気になっていたのだ。

それが昨年末に河出書房新社から『ジャズ喫茶 リアル・ヒストリー』を出すことが出来、一応決着を見たというワケだ。実を言うと、私としては出す順序はジャズ喫茶自体の歴史を書いた『ジャズ喫茶 リアル・ヒストリー』が先になるべきで、自分の店の話は後回しで良いと思っていた。現に原稿もその順番で書いたのだけど、もろもろの事情でこうした結果となったのだが、それはそれで良かったと思っている。

もう一つ心残りだったのは、3年前の2006年に彩流社から出した『ジャズ構造改革』で、ジャズ・ジャーナリズムの機能不全を言っておきながら、実際には何も行動していないことだ。それがちょっとした成り行きからcom-postが立ち上がることになった。これはまったく僥倖のような出来事で、内幕を披露すれば例のいーぐるの打ち上げの際の雑談から生れた、ひょうたんから駒のような話だった。しかし、その後同志の方々のご苦労もあって、何とか2008年中に活動を開始出来たのは、ジャズに関わる誰しもが現在のジャズ・ジャーナリズムの目詰まり状況に不満を抱いていたからに他ならない。

つまり、いーぐる周辺の有志の方々の「決起」に乗せていただく形で、ようやくジャズ・ジャーナリズムの目詰まり状況に一石を投じる、独立したメディアに参画出来たということなのだ。ともあれ、2008年はジャズ喫茶という特殊な職業について記録を残しておくという自分なりの責任、そして新たなメディアを立ち上げるという当面の目標は達成された。
さていよいよ2009年の抱負だが、これはかなりハッキリしている。既成のジャズ・ジャーナリズムに載り難い新譜情報の発信、ジャズを取巻く文化状況の考察、そして私が以前から考えていたのだけれど、このところ足踏み状態となっている「ジャズを聴くことについての原理的考察」に基づく現状認識を、com-postを拠点として展開していくということだ。

もう少し具体的な話をすれば、今年は日本のジャズ・シーンに焦点を絞っていろいろ聴いてみたいと思っている。その理由は、昨年『ジャズ批評』誌上で日本の若手女性ジャズピアニストの演奏を、ごく一部ではあるけれどいくつか聴いてみて、単純に一つのイメージで語ってはいけないことに気付かされた。

また、同じく『ジャズ批評』での対談で、一見保守的な立場を採っているかのように見えた八田さんが、「私はむしろ日本から何か面白い音楽が出てこないかなと思っているんですよ。いいライヴというのも実際あって、大友良英さんのライヴは素晴らしいですよ。あれはライヴじゃないとわからない。」と発言されたことが気になる。そして益子さんのご紹介による、最近の日本人ミュージシャンの演奏を聴き、これも従来の「日本人ジャズ」のイメージでは捉えられないことが実感されたからだ。

ともあれ、com-postという自由な媒体を思う存分有効活用しようというのが今年の抱負ですので、皆様よろしくお付き合いください。
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