この音楽は家の中で聴いていてはいけない。
青空の下で聴くべき音楽だ。
『デレク・トラックス』、ロック・ギターの世界では有名な人らしいが、恥ずかしながらまったく知らなかった。ジャンル的にはロック、それも南部ロック。私にはロックを語ることはできないながら、そのスケールの大きさは超一流と思う。ライナーを読んでオールマン・ブラザーズ・バンドのブッチ・トラックス(ドラムス)の甥っ子だそうで思わず納得。しかし、宣伝文句にあるような新規性やジャンル・クロスオーバー的な雰囲気はあまり感じられず(そんな曲もあるが)、サザンロックの王道的演奏がメイン。一番に感じたのがその開放感。聴いた場所が蓼科近くにある友人の別荘だったことも手伝ってか気持ちいいの一言。音が飛び出したとたん青い空、褐色の大地、地平線まで続く道、爆走するトラックなどなど、行ったことはないけどアメリカ南部の風景がフラッシュバックしたような気分になった。この音楽は家の中で聴いていてはいけない。青空の下で聴くべき音楽だ。このアルバムを聴き終わったときには、もうジャズなど聴く気持ちはなくなり、最近マイク・マイニエリのルーツを調べたときに聴いたファビュラス・ラインストーンズ(The Fabulous Rhinestones)の1st、ホワイトエレファントでボーカルとっていたニック・ホルムス(Nick Holmes)のSoulful Croonerなど引き続きサザンロック系のサウンドに浸りきってしまった。南部の空気感が端々からにじみ出る、
最高に気持ちいい「アメリカ音楽」!
いやこれツボです。やばいです。実はわたくし、高校時代にオールマン・ブラザーズ・バンドのコピーとかやってまして、ついでにドゥービー・ブラザーズの曲もやってまして、だからバンド名がジャンキー・ブラザーズだったという(笑)過去があるのですが、その「アメリカン・ロック魂」がめらめらと燃え上がってしまいました。またロックバンドやろうかな。わははは。デレク・トラックスの伯父さんはオールマンのドラムスであるブッチ・トラックスで、デレク自身もオールマンのメンバーだった(もちろんデュエイン・オールマンの役どころ!)わけですが、彼自身のアルバムはジャズやったりラテンやったりカッワーリーと共演したり、というものが多くて、ここまで全編スワンプ〜サザン・ロックで固めたものは珍しいんじゃないかな。デレクのワイルドでタイミングが抜群にいいスライド・ギターのうまさ、スライドと指弾きのコンビネーションのかっこよさ、ヴォーカルに絡むセンスのよさといったことはもちろんなんだけど、とにかくうれしくなったのは、サウンドの端々からにじみ出るちょっとした味わいや空気感が、見事に「南部」のあの感じ、であること。
たとえばディランの(1)、イントロの左チャンネルのアコギに右のエレピが重なり、そこにスライドがふっと入ってくる瞬間とか、後半のギター・ソロのバックでほわあああっとしたホーンズがかぶさってくるところとか。(3)の歌が入る直前の、オルガンがすうっと忍び寄ってくるところもいいなあ(ため息)。あと(4)は、南部屈指のソングライター・チームであるスプーナー・オールダム&ダン・ペンの作品なんですが、ゴスペルっぽいオルガンから始まって、次に出てくるリズム・ギターの音色と乗りがもう最高です! これたぶんテレキャスターにツインリヴァーブだと思うんだけど、俺も弾きたいなあこういうリズム・ギター。他にもツボの局面は山ほどありますが、あと一つだけね。アコースティック・ギターのカッティングにメロウなスライドが絡んで始まる(7)を聴いて、わたくしはオールマンの名曲「メリッサ」(『イート・ア・ピーチ』所収)を思い出して落涙してしまいました。この広大で乾いていて、でもなぜかとても寂しくもある雰囲気もまた、実に「南部」なんです。
というわけでまあどう考えても「ジャズ」ではないこのアルバム、でもアメリカの音楽を愛する人たちみんなに聴いてもらいたいですね。今から長野の山小屋に遊びに行くのですが、そこで聴いたら最高だろうなあ、と、楽しみにしているわたくしであります。
サザン・ロックとかスワンプ・ロックって、
こんなにキッチリカッチリ演奏するもんだったっけ?
すっかりこの手のロックの動向には疎くなってしまっていて、その筋では評価が鰻登りだというデレク・トラックスについてもまったく知らなかった。ロックを中心に聴いていた10〜20代でさえもサザン・ロックやらスワンプ・ロックというカテゴリーにはそれほど強い関心は抱いておらず、渡米直後のエリック・クラプトン周辺を一通り聴いた程度のリテラシーである。家でオーディオに向かってじっくり聴けるタイプの音楽ではないが、良く晴れた日にクルマに乗ってのんびりクルージングする際のBGMには打って付け(柄にもなくマーケティング的な発想だが)。思わず、う〜ん、気持ちいいねぇ、快適快適、等と呟いてしまうほどだ。そして、曲によって変わるリズム隊やヴォーカル陣に黒人が混ざっているためか、聴き慣れたサザン・ロック全般より黒く、ブルージィで、ソウルフルなムードがある。バンドのコンビネーションも非常にタイトにまとまっており、まぁ文句の付けようもないウェル・プロダクションというわけだ。
だが、聴き進めていくうちに徐々に違和感がアタマを擡げてくる。サザン・ロックとかスワンプ・ロックって、果たしてこんなにキッチリカッチリ演奏するようなものなんだったっけ? という思いである。南部の空気ってのは(行ったことはないけど)もっとルースで、ダラダラと緩いノリが身上、なのではなかったか? デレク・トラックスが師と仰ぐドゥエイン・オールマンは確かに超絶的なテクニックの持ち主だったけれど、サザン・ロック全体としてはどこかタガが外れているような脱力感や、あまり楽器が巧くないところも含めて、らしさ、味わい深さを醸し出していたような気がするのだ。
ほとんど言い掛かりみたいなものだが、これって若いジャズ・マンに対する古手のジャズ・ファンにありがちなイチャモンに似ていることにふと気付く。学校で理論やら奏法やらを身につける者が増えた結果、何をやらせてもキッチリこなせる技量は持ち合わせているが、個性や味が希薄なミュージシャンばかりになってしまったという慨嘆だ。デレク・トラックスもきっと「若気の至りで」みたいな行状もなく、酒もクスリもやらず(もしかしてヴェジタリアンだったりして)、真面目に音楽を探求・追究しているタイプなのだろう。音楽ジャンルを問わずに若い世代(20〜30代前半)で着実に進行しているこの傾向、「身体感覚の変容」問題と無縁ではないと思うのだが、それについてはいずれまた別の機会に。
前作よりもフォーク風味が減って黒人音楽ぽいグルーヴが
増したあたりも個人的にはうれしいのである
デレク・トラックスに初めて注目したのは2006年、『Songlines』が出たばかりのころだった。当時(今もか)ピーター・バラカン氏が非常にトラックスをプッシュしていて、またご多分に漏れず私もスライド・ギターのびょんびょんした音色が好きということもあり、おまけにこのアルバムの冒頭を飾るのがラサーン・ローランド・カークの「Volunteered Slavery」だったりもしたのでちょっと興味を持ったのだ。で、何の予備知識も仕込まずにぼんやり聞き流していたのだが、カークの曲はもとよりスキップ・ジェイムズのブルーズ、さらにはヌスラット・ファテ・アリ・カーンのカッワーリーやらトゥーツ・ヒバート&ザ・メイタルズのレゲエやらというおそろしく幅広いレパートリーが(もちろんトラックス独自の解釈で)次々に出てくるのにびっくりしたのを今でもよく覚えている。ただ、こういったタイプのフォークにソウルが混じったような音楽(よく分からないが最近は「アメリカーナ」とか言うのかな?)は、別に嫌いではないんだが興味の中心からはやや外れているので、それ以上深追いすることなく現在に至っていた。
今回改めて新作『Already Free』をじっくり聞いてみると、一層風格を増した抜けの良いトラックスのギターもさることながら、何と言ってもライヴ・ツアーの連続で鍛えられたバンドのタイトな一体感が素晴らしく、けちのつけようがない。レパートリーも相変わらず凄まじい雑食性を示していて、いきなりのっけからボブ・ディランのカバーだし、ダン・ペンの名作「Sweet Inspiration」の解釈も素晴らしい。なかでも「真夏の夜のジャズ」にも登場した巨躯のR&Bシンガー、ビッグ・メイベルの自作で、彼女がMuseレーベルに録音した遺作『The Last of Big Maybelle』に入っていた一曲「I Know」の猛烈な躍動感が気に入っている(バンドのヴォーカル、マイク・マティソンの煙い声がまたいい)が、それにしても一体全体どこでこんな曲を探し出してきたのだろう…。全般に、前作よりもちょっぴりフォーク風味が減って黒人音楽ぽいグルーヴが増したようで、そのあたりも個人的にはうれしいのである。
ただ、無責任な無いものねだりをあえてするとすれば、何というかラフで不健康でいいかげんなところが全くないのがちょっとつまらないような気もする。トラックスを始めとしたバンドメンバーが揃いも揃って非常に熱心、おそらく人格も円満な真面目な音楽の探究者であることはビンビンに伝わってくるのだが…。ほとんど言いがかりみたいなもんですけど。
こんなレトロな音楽やってるが意外と若いデレク。
無意識のうちに分析しているのはジャズキチの本能か
こういった方面の音楽には疎いのだが、第一印象は「懐かしい」だった。私の若い頃 - だからもう30年以上も昔の話だが - 私の周りのコアなマニアの間ではこんなサウンドが流れていたような記憶がある。つまりは、嫌いではないにしろ、積極的にアルバムを買ってまで聴いたジャンルではない。だから、最初の感想は、ジャズ入門者にハードバップが全部同じに聴こえるごとく、「ブルースですね」ということぐらいしかわからない。いくらなんでも、それじゃあクロスレビューにならないので、もう少しちゃんと聴いてみると、やはりサウンドは新しくなっているようにも思えるのだが、それをうまく指摘することが出来ない。要するに、この手の白黒混合ブルースバンドを聴き込んでいないので、バックグラウンドや歴史がわからず、適切なことばが浮かんでこないのだ。しょうがないのでまったくの感想レベルを書き連ねることにする。
面白いもので、何度も聴くうちにだんだん良く聴こえて来るようになってくる。耳慣れか。とはいえ、国内某レーベル癒し系ピアノジャズなどは、何度聴こうが反応は同じなのだから、それだけではないだろう。ヴォーカルが良い。トラックによって歌い手が変わっているようだが、私はMike Mattisonのしゃがれ声のほうがお好みだ。
肝心のリーダー、デレク・トラックスはギターに専念しているようだが、「クラプトンみたいだなあ」というきわめて陳腐な感想しか浮かんでこない。これって、ジャズ入門者がトランペットを吹いてりゃ全部マイルスに聴こえるのと大して変わらないに違いない。それはさておき、面白いことに気がついた。われわれジャズキチの本能で、無意識のうちにソロイストとして、バンドリーダーとして、音楽監督としてというようにデレクの存在を分析しようとしているのだ。
もちろん「基礎知識」がないのだからそんなことは土台無理な相談で、Mikeの声の後ろでひゅーんひゅーんとカッコ良くギターをかき鳴らすデレクって、こんな(私に言わせると)レトロな音楽やってるけど、写真で見ると意外と若いんだなあ、などという、実にどーでもいいコメントでレビューを締めるしかないのだった。ほかの人のマトモなレビューが楽しみだな。それを読んでお勉強しよう。



