ミニマル・ファンクとアブストラクト・ジャズの同居、
この作品で彼らが課題としたのはそういうことではないか。
こんなに「見晴らしのいい」音楽を久しぶりに聴いた気がする。「見晴らし」がいい、というのは、何よりもまず音の話であって、2本のスピーカーのセンターにドラムスとローズ、左にテナーサックスまたはバスクラリネット、右にギターという音場のシンプルな設計と、その空間に余計な「どろどろ」がまったく存在していない、ということだ。
この乾いていて無駄な音がまったく存在しない音場=音楽の作り方は、たとえばミーターズの音楽に似ているのかもしれない。ネヴィル・ブラザーズではなくミーターズ、ギターとオルガンとベースとドラムスが、それぞれごくシンプルなフレーズを延々と演奏して、おそろしくグルーヴする「ニューオリンズ・ミニマル・ファンク」を創造した、あの伝説のバンドだ。
それはあまりに突飛な比較すぎる、とおっしゃるのなら、この作品でポッターたちが目指していることは「ミニマル・ファンクとアブストラクト・ジャズの同居は可能か」という課題についてのチャレンジなのではないか、と言い換えてもいいだろう。そしてそれはより具体的な課題として、「ベースなしでファンクを演奏すると何が起きるのか」ということでもあるだろう。
結果として、それらの課題は見事に達成されている。低音のよく出るスピーカーで、なるべく大きい音量で聴くとよくわかるのだが、ここでのサウンドはベースが存在しないことによって、エッジの立った鋭さが強調されつつ、場のクリアネスを損なう「どろどろ」なしにグルーヴを生み出す、という、非常に難しいことを実現しているのだ。
それを可能にするためには、メンバー全員のおそろしく正確な技術と的確な状況判断が必要とされるだろう。たとえばマイケル・ブレッカー以降の、たとえばジョン・スコフィールド以降の、たとえばデニス・チェンバースやデイヴ・ウェックル以降の、ピンポイントでの正確さとクリアネスが前提となってしまったジャズ・ミュージシャンたちが、今挙げた先人たちのコピーではない、「自分たちの音楽」をクリエイトしようとする果敢な試みのひとつとして、そしてその鮮やかな成功例として、この作品は記憶されるべきだろう。
個人的にうれしくなったのは、アダム・ロジャーズのふっきれたプレイだ。乾いた音色での思い切りのいいカッティング、うねうねと続くアブストラクトな、それでいて聴く者をどんどん興奮させるソロ・ライン。
僕はロジャースのオリジナル「RUMPLES」のかっこよさにしびれてしまったのだが、この曲でロジャースは、マイルス=ジョン・スコフィールドの「カム・ゲット・イット」のテーマをソロの途中で引用している。ファンクとアブストラクト・ジャズのアマルガムということで僕がまず思い出す音楽は、70年代マイルスだったり、その後継者としての菊地雅章『ススト』だったりするのだが、それらに色濃く存在する「どろどろ」を払拭した80年代前半のマイルス・バンド、特に『スター・ピープル』『デコイ』といった「ジョンスコ時代」、あるいはグラマヴィジョン時代のジョンスコとこの音楽の共通点と相違を測定してみると興味深いのでは、と思う。
Chris Potter<http://www.chrispottermusic.com/>
Chris Potter Underground: Ultrahang@artistShare
HMV<http://www.hmv.co.jp/product/detail/3606522>
グループのコンセントレイションがハイレベルになった。
人類の進歩と調和、それこそ今のクリス・ポッターなのだ
アーティストシェアのジャケットは凝ったつくりが多いから持っているだけでもいい気分になれるのだが、このアルバムは通常のプラケース。スティーヴン・バイラムの手がけたアートワークは一見しただけで彼の作業だと分かるのでそれはそれで立派だとは思うけれど、どれも似かよっていて混乱する。もうちょっと変わり映えしてもいいのにと思う。などと脳内でつぶやきながらコンポで第1回目の再生に臨んだのだが、その印象はさほど芳しいものではなかった。「ヴィレッジ・ヴァンガード」でライヴ録音された前作『Follow The Red Line』があまりにもすさまじかったから、というのも理由のひとつだ。アレ以上の完全燃焼を期待していなかったといえばウソになる。右から左へと、音が抜けた。『Ultrahang』というタイトルの割に、ちっともウルトラじゃないぞ。
と思いつつ、2度目の再生にとりかかる。今度はヘッドフォンをつけて。俄然、各楽器の絡みが際立って聴こえてくる。ネイト・スミスの反応が素早いなあ。アダム・ロジャースのギター、エッジが立ってるぞ。クレイグ・テイボーンの左手フレーズの発想はどこから来るんだろう。クリス・ポッターのサックスは音色だけでも気持ちいいのに、フレーズの得体の知れなさにますます磨きがかかっているじゃないか。バス・クラリネットもセクシーだ。ブライアン・ブレイドのフェロウシップとか、アンドリュー・ディアンジェロとか、最近はバスクラをウィニング・ショットのように用いているバンドやミュージシャンが増えている。エリック・ドルフィーの呪縛(というのも変だけど)が、いいほうに解けてきたんだろうか。けっこうウルトラじゃん。
3度目の再生にはテレビを使った。我が家のそれ(譲っていただいたのだが)は部屋の狭さに比してとてもデカく、音量をググっと上げると重低音もそれなりに飛び出してくるのが嬉しい。アルバムに対する好感が、いっそう増す。より密度が濃くなっているぞ、グループのコンセントレイションがハイレベルになっているぞ。まさに人類の進歩と調和、それこそ今のクリス・ポッター・アンダーグラウンドなのだ、と遂に僕の中で結論が出た。うん、これは確かにウルトラだ。が、ハングって何?
楽曲の中ではボブ・ディランをカヴァーした4曲目より、3曲目や7曲目のキレが断然いい。この2曲は、完全にライヴを想定して作られているような気がする。彼らが汗みどろでプレイしている姿が浮かんでくる。クリス本人に問うても、「アンダーグラウンドはライヴ・バンドだぜ、人前でプレイしてこそ燃え上がるんだ」と言うだろう。だとしたら、彼らはファンのいるところをくまなく回ってステージに立つ必要がある。クリスよクレイグよアダムよネイトよ、早くこのバンドで日本に来なさい。
というわけで僕はこれからも何度もこのアルバムを聴き返して、さらにさらに盤面に秘められているインタープレイやら遊び心やらを発見していい気持ちになるだろう。
最後に、最近の取材で最も心に刺さったフレーズを引用させていただく。
いっぱい聴かなきゃ絶対わかんないです、このアルバムは。絶対に。1回聴いただけでは語られたくないですね。(←ミュージック・マガジン09年8月号、39ページ)
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少々濁りを帯びたサックスの音色がエレクトリック楽器の
音色とうまい具合に混ざり合う、「チームの音」が面白い。
先日のいーぐる連続講演における益子さんの新譜特集の折、参加者から、ピアノの入った演奏が少ないが、これは最近の“ニューヨーク派”の特徴なのかという質問があった。それに対し益子さんは「たまたま今日の選曲がそうなっただけだと思う」といった趣旨の発言をされていたが、私はちょっと別の感想を持った。これもたまたまだけど、その日かかった橋爪亮督の演奏に、アコースティック・ピアノが出てきたとたん「フツーのジャズになっちゃったなあ」と実感したのだ。平均律で調律され、しかも音色を変えにくいピアノは、音楽の雰囲気を「縛る=ある範囲に限定する」効果が強いのだろう。
それに対し、サックス類は音程、音色コントロールの自由度が高く、その幅の広さが「いまどきの音」を生み出す重要な要素になっているような気がする。それはこの講演の益子さんの選曲にも現れており、いまどきの音を象徴するジョシュア・レッドマンの“クール”な演奏も、トニー・マラビーの“ホット”な演奏も、ピアノはいない。
本題のこのアルバムも、テナー・サックス、エレクトリック・ピアノ、エレクトリック・ギター、ドラムスが緊密に絡み合うサウンド全体が醸し出す濃密なカオス感が心地よく、確かにこうした感覚は“今”を感じさせる。
リーダー、クリス・ポッターは割合好きなミュージシャンで、以前ニューヨークで聴いたときも、メンバーによって、抑えた表情の演奏からパワー全開のエネルギッシュなサウンドまで、表現の幅が広いことに感心したものだ。このアルバムは吹きまくりポッターの魅力がストレートに楽しめ、私好みの演奏といえる。
最近のジャズの特徴であるメンバー全体の融合感も完璧で、一昔前のジャズのように、楽器編成から「ワンホーン・ジャズ」というような括りでイメージされるような世界ではなく、「チームの音」が面白いのだ。つまり「リズムセクションをバックに」というスタイルではなく、「全員参加型」の音楽である。
それを可能にしているのは、ポッターのサックスの音色が少々濁りを帯びていて、そのため、他のディストーション的エレクトリック楽器の音色とうまい具合に混ざり合っているからだ。リズムパターンもいわゆるジャズ・ドラミングから大きく外れているが、フシギとジャズを感じさせるのはこちらの耳が慣れてしまったからだろうか。もちろんポッター自身のソロも良く、オリジナリティという面でも完全に自分のスタイルを確立させている。
余談ながら、当店の若い女性店員(上智ジャズ研)がこのアルバムを聴いて、「後藤さん、これ、カッコいいですね」と言ったが、なまじ「伝統ジャズ」の縛りのない耳のほうが、こうした新しいタイプの演奏を素直に受け取るという、益子さんの報告を追認する形となったのは実に興味深い。
Chris Potter<http://www.chrispottermusic.com/>
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日米で高まるポスト・マイケル・ブレッカー的扱い。
それに対する無言の反論だと言ったら穿ち過ぎだろうか?
正直言って第一印象は決して芳しいものではなかった。ライヴらしい開放感とバンドとしての一体感を兼備した前作『Follow the Red Line - Live at the Village Vanguard』(Universal Music France/Sunnyside Records)と比較すると、どこかこぢんまりとまとまってしまったように聞こえたのだ。本作はアーティスト・シェアでの完全自己プロデュース、それが悪い方向に出てしまったのか。ところが、翌日聴き直してみるとその印象がすっかり違うものに変わってしまった。バンドとしての密度が格段に高まったために、却って表面的には地味な印象を受けてしまったようなのだ。だが、実際にはその裏で各メンバーの自由度が大幅に増している。クレイグ・テイボーンとネイト・スミスの強固なコンビネーションは、「ベースレスでファンクは可能か?」というクリス・ポッターの当初の課題設定を軽々とクリア。一方、前作ではベースレスの穴を埋めるためにテイボーンのフェンダー・ローズと場面に応じて役割分担しているような演奏ぶりだったアダム・ロジャーズは、コード・バッキングではなく、リング・モデュレーターを通したようなサウンドや弦を叩きつける音、擦る音等の"触覚的"な音を随所で挿入し、テクスチュアの幅を拡大している。ソロにおいてもフィンガー・ピッキングとチョーキング、プリング・オフ&ハンマリング・オンの組み合わせで緩急を操るアプローチに磨きを掛け、3曲目では変拍子に乗ってジグザグのラインとウネウネと蜷局を巻くリフが入れ替わる自作曲を初めて提供。クリス・クロスでの諸作とはまったく違う、このバンドの前任者ウェイン・クランツにも通じるハード・エッジな作風で、これからはこちらの路線を追究して欲しいほどだ。
そして、クリス・ポッター。あざとく感じられるほどのベンドの多用や激しくシャウトし続けるかのようなブロウを展開するテナーに加え、サックスと変わらぬブロウでもまったく音が引っ繰り返ることのないベース・クラリネット。低音を強調したり効果音的に使われることの多いこの楽器を、完全にもう一つの声として手なずけてしまった。これこそ、日米ともにポスト・マイケル・ブレッカー的な扱いをされることが増えてきたポッターの無言の反論だと言ったら穿ち過ぎだろうか? もしかすると"アンダーグラウンド”というバンド名は、スティーリー・ダンやハービー・ハンコック、デイヴ・ホランド等のビッグ・ネームのサイド・マンとして活動するメジャー・シーンと、ダウンタウンのアンダーグランド・シーンとを架橋するような役割を自らに課したことの決意表明なのではないだろうか?
本作の発表に合わせて『All About Jazz』にクリス・ポッターのインタヴューが掲載されている。ジャズとポピュラリティの問題、ライヴとCDとの違い、メジャー・レーベルとアーティスト・シェアにおけるCD制作の環境について等、表裏一体の音楽に賭ける熱い思いとクールな認識が、穏やかで優しげな風貌とギャップを感じさせてなかなか興味深い。おそらく"ultrahang"というタイトルは「筋道から外れていること」「極端なやり方」を意味している。それにも関わらず、全体を通してメトリック・モデュレーションを排し、ノリの良いファンク・グルーヴを損なわない程度の変拍子に留めているのは、彼なりにポピュラリティを意識した結果なのかもしれない。
Chris Potter<http://www.chrispottermusic.com/>
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