山下泰司の耳にもバイアグラ! vol.01
連れてってくれる歌手
k. d. ラングというのはカナダの女性シンガーソングライターで、カントリー歌手として'80年代初頭にデビューしたのだが、その類い希なる歌唱力によって、ロックでもジャズでも何でも歌うオールラウンドな歌手となった。グラミー賞も過去4度受賞、バンクーバー・オリンピックの開会式で同じカナダのレナード・コーエンの名曲「ハレルヤ」を歌って喝采を浴びたのも記憶に新しいところである。キャリアを重ねるに連れて、ソングライターとしてよりもシンガーとしての評価の方が上回って来た。作る曲も決して悪くないのだが、それ以上に「歌える」人なのだ。
同僚の彼女とは知り合って5年近くが経つけれども、音楽(音楽家というべきか)に対して熱を入れるという姿を初めて見たので、まあ、よほど琴線に触れたということなのだろう。かれこれ30年以上、音楽漬けの暮らしをしてきたこちらとしては、こんな風に溺愛する対象を持てる彼女の初々しさが、羨ましくもある。たしかに自分にも、このような愛に溺れたことが何度もあった。その繰り返しが今の自分の耳を拵えたのだ。しかし、もう随分前からこの耳はインフレをおこしてしまっていて、少々の刺激では気持ちよくならない。ファイザー製薬に耳用のヤツも開発してもらいたいところである。
さて、CDはもちろん、映像や関連書籍にまで手を伸ばしてますますコレクションを増やしている彼女の目下の望みは、当然のことながらk. d. を生で見る、ということである。あいにく、この間出たアルバムはベスト盤で、今はツアーをやっていない。そこで、過去2回、来日公演に足を運んでいる自分としては、ここぞとばかりに自慢して、彼女を悔しがらせることになる。
「いやー、連れてかれるよ、ホントに」
「連れてかれる」というのは、僕が音楽家のライヴパフォーマンスについて語るときの、最高の褒め言葉である。終わってみればそれがなんであったのか、細かいところは思い出せない。ただ、連れてかれたという、その満足感だけが残る。「どこへ?」と問われても困る。セックスのクライマックスで男が「イクぞ」と呻いたら女が「どこへ?」と聞いたという。まあ、そんなようなことである。
例えばジャズのようなインプロ主体の器楽演奏と、k. d. のようなある程度かっちりしたフォーマットの中での歌唱とではまた違ってくるような気がするのだが、とりあえず今回はk. d. から始まった話でもあるので、「歌手」に絞って、どういう歌手が連れてってくれるのか、ということを考えてみよう。
まず歌が巧いこと。当たり前だけど。この「巧い」という言葉もクセモノである。ピッチが正確だ、リズム感がある、えらく高い声が出る、表現の幅が広い……まあ、いろんな「巧さ」がありまさあね。ただ、その巧さが「アタシ、巧いでしょ」と言外に語っているようなレベルのものでは興ざめである。その人は歌を歌いたいのではなく、技巧を見せつけて、お上手ですなあ、と褒められたいだけなのだ。歌に対して既に距離を置いているわけ。こうしたものでは聴き手の真の感動を呼ぶことは出来ない。赤ん坊を寝かせようとして、いくら「早く寝ろ、早く寝ろ」と言ったり思ったりしてもかえって逆効果であることは、親業に携わったことのある者であれば誰しも経験のあるところだろう。寝かせるための一番いい方法は、赤ん坊よりも先に自分が寝てしまうことである。そうすると、赤ん坊もそのグルーヴや「気」に染まって、一緒に寝るしかなくなってしまう。言いたいこと、分かりますね?
それから、パフォーマーとしての「華」があること。歌っている姿が楽しそうである、簡単な話、人柄がいい、とかね。人柄なんか音楽と関係ない、という人もいるでしょう。『美味しんぼ』の海原雄山みたく、血も涙もないような人間が、凄い料理を作るんだと(ま、でも、本当はいい人、って感じになってるでしょ、漫画でも)。まあでも、やっぱりライヴってのはエンタテインメントでもあるわけで、そこに和やかな空気がある、リラックスしたムードがある、演者との間にコミュニケーションがあるってのは、感動への好条件でしょう。反対に、何か悪魔に取り付かれたような、鬼気迫るものがある人が惹き付ける、ということもあるけどね。どっちであれ、とにかく目が離せなくなってしまう人。まあ、アイドルのコンサートに行ってる小娘なんてのは全員そんなカンジなんでしょうが、そういうのは事前に暗示にかかっていることが多いので、歌手の実力とはまた別の次元での現象だ。本当に華がある人っていうのは、一見さんでも一瞬にして「あれ、なんかこの人良くなくない?」と惹きつけてしまう何かを持っているものである。そういう人は巫女としてコンサートという時間と空間を祝祭にまで引き上げて、どこかへ連れてってくれるわけである。
他には……あれ? あんまり大した分析にならなかったな。まあ、そんなことです。でも、自分がこれまでの聴衆人生の中で、これらの条件を満たして、きっちり「連れてって」くれた歌手にどれだけ出会えたかと振り返ると、本当に数えるほどしかいない。もう随分前に亡くなったパキスタンの宗教歌手ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン、ボサノヴァのジョアン・ジルベルト(残念ながら来日を重ねる毎に客の質が拡散し、それがパフォーマンスにも悪影響を及ぼしている……もちろん本人の加齢もある)、英国の白人R&B/ソウル・バンド、シンプリー・レッドのシンガー、ミック・ハックネル(今秋、解散ツアーで来日する)、ジャズなら'80年代に再発見されたジミー・スコット(最後の来日の時には車椅子になってしまって悲しかった……もう来日は難しいだろう)、せいぜいそんなものだ。
そして、話が戻るけれども、k. d.である。前回の来日はもう5年前のことになる。そのさらに7~8年前の時には「男装の麗人」といったカンジのほっそりとしたスーツ姿が美しい人だったのだが、この頃には菜食主義者であるにもかかわらずかなり太っていて、まるで丸太が裸足で歩いているかのようであった。だが、それでもチャーミングで、朗らかで、見ているだけでこっちは笑顔になる。そして、どんな曲であっても、その丁寧な歌い込みぶりが素晴らしくて、聴いていると源泉の秘孔を突かれたかのごとく、涙が止まらない。僕も、一緒に行った妻も、最初っから最後まで泣きっぱなしだった。別に悲しい歌ばかり歌ってるわけでもなく、これ見よがしに盛り上げる曲が多いわけでもない。なのに、どの曲もが沁みる。彼女の喉を通り過ぎた歌は、全て美しいエーテルになって、我々の体も心もたっぷりと満たしてくれる。官能である。
会社の彼女は、k. d. を聴くためだけに、ともすれば海外にだって出かけて行きそうな勢いである(ツアーをやっても、日本に来ないことだってあるからね)。そうするだけの価値はあると思うし、そうやって苦労をしてわざわざ手に入れた経験はまた格別の味わいであろうと思う。提供される官能は同じでも、受け取り方の度合いはそこに至る筋立てにも大きく左右されるから。
*お急ぎの方も、とりあえず、これだけは見ていって!
●おすすめブルーレイ(輸入盤だが日本のプレーヤーでも見られる)
ロンドンの雰囲気のある教会でのバンド+BBCオーケストラによるライヴだが、明らかに収録目的のセッティングでお客も極めて少人数の関係者だけ。それだけにカメラワークも自在でじっくりと彼女のパフォーマンス、代表曲の数々を堪能できる。DVDもあるのだが、あいにく国内盤が出ておらず、リージョンコードの問題で日本のプレーヤーでは見られないと思う。一方、ブルーレイはアメリカと日本は同じリージョンAなので問題ない(というか、ブルーレイはもうリージョンを入れてない作品の方が多い)。見られる環境にない方には申し訳ないが、やはりハイビジョンの映像の説得力は素晴らしいし、音もほぼマスターと同等のものが収録できるので、ブルーレイ、やっぱりいいですよ。
●おすすめCD
訳すと「49度線への賛歌」というタイトルのアルバム。北緯49度線はアメリカとカナダの国境で、このアルバムでk.d.は、自分と同じカナダ出身のシンガーソングライターたちの曲を取り上げる。本文でも触れた、そして上のyoutubeでも聴けるレナード・コーエンの「ハレルヤ」をはじめ、ニール・ヤング、ジョニ・ミッチェル、ジェイン・シベリー、ロン・セクススミスなどの曲を解釈している。これが、どれも沁みるんだ。k. d. が凄いのは、こうしたカバーがやがて彼女の持ち歌としてしっかりと定着してしまうこと。おそらくオリジネイターたちも嫉妬を抱くことを諦めるくらいに、素晴らしい仕上がりである。バックにはホリー・コール・トリオなどで知られるベーシストのデイヴィッド・ピルチや、ビル・フリゼールなどとの共演も多いスティール・ギターのグレッグ・リースなどが参加。
【プロフィール】
山下泰司(やました・やすし)
1964年山口県生まれ。'90年代~2000年代前半には「CDジャーナル」「ジャズ批評」「クロスビート」など音楽誌でライター活動をしていたが、現在は会社員としてDVDやブルーレイなどを制作している。著書に「格安世界一周お二人様ご一行」 (講談社SOPHIA BOOKS)


