益子博之のニューヨーク放浪記 2010年6月編 vol.14
wandering & wondering in upper east side - part 14
Eri Yamamoto Trio
Eri Yamamoto - piano; Aidan Carrol - bass; Ikuo Takeuchi - drums.
(no cover/2 drink minimum per set)
山本恵理さんとは1年振り。ちょっとブルージーでフォーク・タッチのオリジナルが続く。相当疲れが溜まっているようで、また眠り転けてしまう。山本さんにまで「お疲れですね」と言われる始末。「最近の日本はどうですか?」と訊かれたので、政権が安定しないやら、経済が回復しないやら、ライヴ・ハウスにも人が入らないやらと暗い世相の中、サッカー日本代表が下馬評とは裏腹に決勝トーナメント進出を決めたことは唯一の明るいニュース等とどうということのない世間話に花を咲かせる。NYでも空きテナントが多いですよねと言うと、こちらでは空き家になっても家賃を下げないので入居者が無いままになってしまうのだそう。
9時30分に間に合うように戻ると、偶然トイレで原田和典氏と鉢合わせ。少し押し気味らしい。昼間と同様、前から2列目やや右側に席を取る。ステージでは老齢の白人ピアニストのソロ演奏が続いていた。ほぼ定刻に終了したが、珍しい楽器編成のためかセット・チェンジに手間取っているようだ。
9:45pm at Abrons Arts Center, 466 Grand Street, NYC
Vision Festival XV :
Ned Rothenberg's SYNC
Ned Rothenberg - clarinet, bass clarinet, alto sax; Jerome Harris - bass guitar; Samir Chatterjee - tabla.
($25 cover per evening/no drink or food)
ジェローム・ハリスは、サミル・チャテジーのタブラに合わせてインド音楽的なフレーズを只管反復しているが、ネッド・ローゼンバーグのほうは、テーマにしろアドリブにしろインド音楽の影響をあまり感じさせない演奏だ。循環呼吸を始め、圧倒的なテクニックを見せ付けられるものの、永遠に続くような反復性のリズムに睡魔を呼び起こされ、中盤にまたもや眠り転けてしまった。クラリネット、アルト、そしてベース・クラリネットと次々に楽器を持ち替えて、持ち時間の1時間を大幅にオーヴァーして終了。またもや楽器編成が変わるので、セット・チェンジに時間が掛かっている。
11:10pm at Vision Festival XV :
Mark Helias' OPEN LOOSE
Tony Malaby - tenor & soprano saxes; Mark Helias - bass; Tom Rainey - drums.
このトリオを聴くのはだいぶ久しぶりになる。新曲中心だが、手の込んだ現代音楽っぽい楽曲が多く、即興パートも少なめ。短時間でテンションを高める集中力は流石だが後がつかえているので、あまり盛り上がらないうちに50分程度で呆気なく演奏終了。かなり消化不良な感じが残る。2階席の原田夫妻のところに寄って、次のチャールズ・ゲイル・ベース・クワイアを聴くのかどうかを尋ねる。さっき以上にセット・チェンジに掛かりそうな気配なので、結局今日はこれで退散することに。
ホテルに直行の夫妻とデランシー・ストリート駅で別れ、イースト・ハウストン・ストリートまで北上、アレン・ストリート角のシュガー・カフェで夜食という名の朝食メニューをオーダー。バナナとイチゴ添えワッフル、全体がヒタヒタになるくらいメープル・シロップを掛ける。我ながらどうかしていると思う。ホテルに戻り、これから風呂を済ませて、帰国の準備に。8時前には宿を離れたいところだ。疲れと眠気と肩の痛みで現実感の稀薄さに拍車が掛かっている。
2010年6月27日(日)
帰国便のチェック・インはネットで既に済ませていたので、少しはのんびり眠れそうだと思っていたのだが結局は寝付けず、6時頃から荷造りを始める。予想外に土産物が嵩張り、パッキングにかなり手間取ってしまった。7時に部屋を出ようとすると丁度管理人が起きてきた。滞在中のお礼を伝えて2アヴェヌーの交差点まで来ると、上手い具合にタクシーが停まっている。この黒人の爺さんが飛ばす、飛ばす。あっという間にウェスト・サイドに出るとミッド・タウンまで下り、リンカーン・トンネルを通過、7時50分にはニューアーク・リバティ国際空港ターミナルCに到着してしまった。料金は71ドルあまり、ダウンタウンから乗った場合とほとんど変わらない安さ。チップをはずんで90ドル払うと大喜びだった。
搭乗手続きは8時スタート、特に問題もなくスムーズにことは運ぶ。搭乗ゲートも一昨年までと同じ場所に戻っている。朝食を済ませ、ミネラル・ウォーターを購入すると残金は20ドルとちょっと。残ったお土産購入に足りるだろうか? 空港内の売店は割高なのだ。ここでカードを使うのも癪だし。彷徨き周った末に17.99ドルのヤンキースTシャツを発見、ホッと胸を撫で下ろす。さて、日本では大量に溜まった仕事が待っているはずだ。果たしてここまでして本当に来るべきだったのだろうか? 今更考えても仕方のない問いが頭の中を渦巻いていた。
<おしまい>
益子博之のニューヨーク放浪記 2010年6月編 vol.13
wandering & wondering in upper east side - part 13
とうとう最終日。午後からヴィジョン・フェストに入り浸りになるので、昼頃まで寝ているつもりだったが、6時頃には目が醒めてしまい腹も減ってきたので、今回まだ一度しか行っていないBo Kyでご飯物を食べることにする。部屋を出たのは8時。今日も朝から涼しめの陽気。幸い今週末は6トレインが止まっていない。豚足、豚耳、臓物等の入ったmixed meat on riceを注文。今日まるまる一日カメラ無しというのは痛いと改めて考える。100ドルくらいなら買っちゃうか? 壊れたカメラは2年前に型落ち直前の安売りで手に入れたフジフィルム製。それでも2万円くらいはしたのではないか。レンズが突出しない目立たないデザインで、手ブレ防止機能が付いていればと選んだ代物。
77ストリート駅で一旦降り、レキシントン・アヴェヌー沿いの電気屋を覗いてみるとキャノンやニコンでも100ドル前後のものがある。昨日、バッテリーを買った店、Best Buyならどうだろう。こっちのほうが少し高めか。と、フジフィルムの新しいデザインが目に留まる。150ドル。操作系が同じなのは勿論、バッテリーやSDカードがそのまま使えるほうが今の環境なら良いだろう。それに壊れたヤツより安いくらいだし。現金が残り少ないので、クレジット・カードで購入。昨日、この判断をしていれば......後悔先に立たず。近くのスターバックスで早速開封。バッテリーは前の物がそのまま使える。慣れたものであっという間にセッティングできてしまう。これでなんとか一安心というわけだ。
ヴィジョン・フェストのメイン会場はロワー・イースト・サイドの行ったことのない場所なので、余裕を見て出発する。昼頃になると流石に陽射しが強烈だ。Fトレイン、デランシー・ストリート駅から南下、グランド・ストリートを左折するとドーナツ・プラント本店が見える。何故か甘い物が食べたくなってきたので寄ってみる。表の黒板には日本語の表示まで。想像以上に小さな店だ。そのまま東進し、ピット・ストリートを越えるとアブロンズ・アート・センターはすぐに見つかった。写真が撮り易いように前から2列目やや右側に席を取る。
2:00pm Abrons Arts Center, 466 Grand Street, NYC
Vision Festival XV :
R & E
Areni Agbabian - voice; Tony Malaby - tenor & soprano saxes; Qasim Naqvi - drums.
($15 cover per afternoon/no drink or food)
アルメニア系の女性ヴォーカリスト/インプロヴァイザーがトニー・マラビーと共演するというので興味を惹かれたプログラム。アレニ・アグバビアンは、やはり中央アジア系の顔立ちに見える。ディジタル・ディレイを適宜用いながら、如何にも民族歌謡らしい歌唱もそれなりにはあるのだが、呻き声や息を吸いながら発する声等、単純に器楽的とは謂いかねる発声法/歌唱法を多用。対するマラビーもジャズ的なフレーズはほとんど用いずに、小鳥のさえずりのような音から、声を発しながら強烈に歪ませる音まで、多彩なサウンドで彼女に拮抗する。
ジャズ的なアプローチから離れるだけでなく、こうして異分野の音楽家とも積極的に共演を重ね、そこから成果を得ているとは、また少し彼のイメージを修正しなければならないようだ。1時間毎に出演者が代わるプログラムなので、50分程であっさり終了。もっとやっても良かったのに。次に出てきたのは、全く名前も知らない白人四人組。
3:00pm at Vision Festival XV :
Lorenzo Sanguedolce Quartet
Lorenzo Sanguedolce - tenor sax; David Arner - piano; François Grillot - bass; Todd Capp - drums.
リーダーのテナーは若いが、後の三人はかなり歳が行っている。典型的な所謂フリー・ジャズ。退屈な所為だけでなく、だいぶ疲れが溜まっていたようで、思わず眠り転けてしまう。気が付くと演奏が終わるところで、やんやの喝采を受けている。身内が多いのだろうか?
4:00pm at Vision Festival XV :
GO-ZEE-LAH
Kyoko Kitamura - voice, laptop; Yayoi Ikawa - piano; Harris Eisenstadt - drums.
こちらは、NY生まれ、東京育ち、ジャーナリストとして湾岸戦争の取材経験ありという変り種で、スティーヴ・コールマン『Lucidarium』(Label Bleu)にも参加していた女性ヴォーカル・インプロヴァイザー、キョウコ・キタムラと、タイション・ソーリーを含むトリオのCDで日本でも話題になった東京出身のピアニスト、ヤヨイ・イカワのプロジェクト。「とうりゃんせ」「おちゃらかおちゃらかおちゃらかほい」「ずいずいずっころばし」といった日本の民謡や童歌をモチーフにオリジナル曲を交えて凝った編曲を施し、即興パートも盛り込んだ手の込んだ楽曲。イカワはフリー・フォームも含めてジャズ・ピアノらしい演奏を展開するが、ダイナミックなエネルギーを感じさせるには奈何せんパワー不足の印象は否めない。
一方、キタムラは、全体としてはかなりジャジーなヴォーカル・スタイルを披露しながら、ナレーションのようなパートがあったり、唐突に所謂ヴォイス・パフォーマンスを挿入したりする。ラップトップからはラジオの日本語講座を編集した音源を流し、それに合わせて語ったり歌ったりするといった具合で即興性はあまり感じられず、どちらかというと演劇的な性格の強いパフォーマンス。観客にはそれなりに受けていたが、エキゾチシズムを刺激するあざとさと不自然さが感じられてどうも戴けない。
外に出るとだいぶ曇っている。夜の部まではまだ間があるので、程近いチャイナタウンはWanton Gardenでロースト・ダック載せヌードルを食べ、ダウンタウン・ミュージック・ギャラリーで暇潰し。CDの在庫はディスク・ユニオンのほうが充実していると思うが、入手困難なものが不意に見つかったりするから侮れない。まだ、時間があるのでグリニッチ・ヴィレッジに移動する。パラパラと雨が降ってきた。
益子博之のニューヨーク放浪記 2010年6月編 vol.12
wandering & wondering in upper east side - part 12
早いもので残すところ後2日。毎日、予定をこなすことに汲々としているので、休暇を過ごしているという気分が全然しない。現実感が稀薄な原因はその辺りにもあるのかもしれない。身体中が少し痛むが9時頃には起き出し、先ずは腹拵え。86ストリートのViand Coffee Shopで"West Side"という朝食セット、ベルギー・ワッフルにソーセージ、トマト・ジュース、コーヒーをチョイス。野菜や果物は付かないが、メープル・シロップとバターをベタベタに塗して何だか仇でも取ったような気分。アップタウンには昔ながらのアメリカンなダイナーしか見当たらないが、ダウンタウンに増えてきたヘルシーで小洒落た店は出来ないものだろうか?
今日の天気予報では最高気温29℃。日向の陽射しは強いが湿気が少なく、日陰なら風が涼しいくらいで快適だ。ずっとこれくらいなら良かったのに。そのまま86ストリートをセントラル・パークまで西進、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館で"National Design Triennial: Why Design Now?"を観る。基本的にはアートよりもデザインのほうが性に合っているので、毎回ここに来ることにしている。Energy, Health, Communicationといったテーマ別の展示。60年代には既にiPadのようなデヴァイスが考案されていた。
続いてグッゲンハイム美術館。改装されたお陰で見た目は綺麗になったようだが、1階のカフェが高級レストランに替わって敷居が高くなり、3階に移設されたカフェは席も少なくメニューも貧弱に。学芸員というより警備員の人数も格段に増え、すっかり居心地の良い雰囲気は失われてしまった。クリスチャン・マークレイによるアナログ・レコードをトレースする針先をアップで映し出したヴィデオと、別の抽象画が1点ずつ展示されていて吃驚。
次は、ホイットニー美術館のつもりだったが、金曜日は開館時間が午後1時なのをうっかり忘れていた。6トレインでグランド・セントラル駅まで下り、移転して場所がわからなくなっていたフィフス・アヴェヌー・ショコラティエで会社全員用のお土産を購入。野球関連グッズは空港内のショップで間に合うから、お土産は一旦終了だ。これで今日の午後と明日の午前中はフリーになったわけだが、何かしたい、何かしようという元気はあまり湧いて来ない。
横になってもなかなか寝付けないままだったが、いつの間にか爆睡していた様子。ふと気付いて寝過ごしたのではないかと飛び起きる。時計は6時45分。泡を喰って外に飛び出す。ジャズ・スタンダードには7時25分、開演5分前に到着できたのだが、何故かカメラが動かない。もしかしてレンズ・カヴァーが開きっ放し? 電池切れ? これの次の予定が今日の本命だ。カメラ無しでは不味いではないか。慌てて今来た道を引き返し、充電を試みる。充電器にバッテリーを差し込むと、すぐに充電中を示す赤いLEDが消えてしまう。バッテリーがお釈迦なのだ。運良く居合わせた管理人に近所の電気屋を教えてもらう。
場所はレキシントン・アヴェヌー/86ストリートの北西角、いつも利用している地下鉄の入り口のあるところ。店員にこれと同じタイプのバッテリーはあるかと訊くとしばらくして見つかる。型番上は問題ないはず。再び部屋に戻って充電開始、すぐにLEDが消えることもない。20分が待てる限度。カメラに入れてみると......やはり動かない。万事休す。カメラ本体が壊れているのか。今回の渡航を含む諸々に強烈なダメ出しを喰らったような気分になる。あぁ、何だか、とても、最悪。
9:20pm & 10:45pm at Cornelia Street Cafe, 29 Cornelia Street, NYC
Tony Malaby/Paul Motian/Angelica Sanchez/Ben Monder
Tony Malaby - tenor & soprano saxes; Ben Monder - electric guitar; Angelica Sanchez - piano; Paul Motian - drums.
($20 cover/$7 minimum per set)
既に演奏は始まっている。ほぼ満席に近い。店員に待機を命じられ、しばらくすると客席中ほどの空席に案内される。振り向くと右隣に座間裕子さんが座っていた。楽曲はすべてこのバンドのための新曲のようだ。ポール・モティアンは、いつものようにゆったりシンバル・レガートしていたかと思うと、突然流れを堰き止めたり、それまでの流れとは全く異なる譜割で叩き出したりと、直線的な時間の流れに揺さぶりを掛け続ける。ベン・モンダーとアンジェリカ・サンチェスは、バッキングと呼ぶにはあまりにも異様な演奏で、大きく小さく、高く低く、速く遅く、そして激しく繊細に、まるで波が大きくうねりを上げたかと思うと、飛沫を撒き散らしながら砕け散り、やがてさざ波へと収束していくような、空間的な揺らぎを表現しているかのよう。一方、トニー・マラビーはテーマとなる単純な旋律を繰り返しているうち、微細な、あるいは大胆な音色の変化に集中していく。
個々人の演奏自体は、従来の個性の枠内に収まるものなのだが、それが一体化することによって聴いたことのない音楽へと変貌を遂げる。ファースト・セットは30分ほどで終了した。満杯の観客が三々五々退出していく。座間さんは10年振りの再会となるベン・モンダーに捉まり、すっかり話し込んでいる。バンド・スタンド近くの席を確保しつつ、解放された座間さんに遅刻の非礼を詫びる。座間さんは10年前よりジャズ寄りの演奏に変わっていて驚いたと仰るが、僕に言わせればここ数年で観る度にジャズ的な演奏からは遠のいて行くように感じられる。ただ、モティアンの存在が否応なくジャズ的な匂いをもたらしているのは間違いない。
ジャズ・スタンダードに行きそびれたので食事をオーダー、ほうれん草と洋梨のサラダに3種のチーズ・プレート。座間さんからマイケル・ピサロのCDを受け取り、ここ数日の話など。しばらくして座間さんが中座すると、入れ違いにエリアスを連れたジム・ブラックが隣の席にやってきた。昨夜もここに来て君達の演奏を聴いたよ。「それはありがとう」実はここにユウコ・ザマが座っているんだけど。「何だって? そんなクレイジーなことがあって良いのか?」戻ってきた座間さんと一頻り旧交を温めている。7月には、ジェニー・シェインマンのバンド(ネルズ・クライン/トッド・シッカフース)でヴィレッジ・ヴァンガードに出演すると言う。
休憩時間がかなり長い。1時間近く経った10時45分に演奏再開。ベン・モンダーやアンジーのパートを聴いているとどうやらファースト・セットと同じセット・リストのようなのだが、演奏の表情はまるで違う。目立った違いとしては、ほとんど無かったアンジーのソロ・パートらしきものがだいぶ増えたこと。演奏時間も長めで1時間を軽くオーヴァー、更に1曲を追加して終演となった。あぁ、これは何なんだろう。言葉にできない。
ジムにアンジー、ベンと順に別れを告げて店を出る。座間さんはニュー・ジャージー在住なのだが、30分に1本くらいは電車が走っているそう。シェリダン・スクエア方面の彼女とは反対方向なので、ここでお別れだ。気が抜けたのか、無駄に走り回った疲れが今になってドッと出て来た。明日もギリギリまで起きられないだろう。
益子博之のニューヨーク放浪記 2010年6月編 vol.11
wandering & wondering in upper east side - part 11
9:00pm & 10:10pm at Cornelia Street Cafe, 29 Cornelia Street, NYC
Jim Black Trio
Chris Speed - tenor sax, clarinet; Elias Stemeseder - piano; Jim Black - drums.
($10 cover/$7 minimum per set)
ジム・ブラックがここに登場するのはかなり珍しい。去年辺りからNYでの演奏機会が増えているとともに、ヒューマン・フィールやパチョーラ、イェー・ノウの活動を続々再開するなど、彼の中で過去を振り返りながら、同時に何か新しい取り組みをしようという意思が芽生えてきているのではなかろうか。ウェブサイトには60〜90年代のジャズにインスパイアされたオリジナルを演奏すると書かれている。実際には、80〜90年代に作曲された古めの彼らのオリジナルに、モンクの曲や「All The Things You Are」を交えたレパートリーだった。ジムにとってはある種の「ジャズ回帰」的な意図が含まれているのだろう。
クリス・スピードのあのくすんでひしゃげてヨレているテナーの鈍い音色が、うら寂しいというか物悲しい雰囲気を漂わせるジム・ブラックらしいメロディを奏でる。時に小柄な体躯に似つかわしくないパワフルな低音を響かせながら。一方、オーストリア出身の20代のピアニスト、エリアス(とジムは紹介した)はなかなか力強いタッチで安定したピアニズムを聞かせる。テンポ・ルバートになる場面が多く、そうした時にはかなり音数が増えるタイプだが、しっかりツボは心得ていてなんでもかんでも弾き捲くるという訳ではない。
そして、ジム・ブラック。所謂フリー・ジャズらしくルバートになる場面が多々あっても、徐々にジャズ・ドラムらしさからは程遠い強いアタックでイン・テンポに持ち込んでいく。例え4ビートであっても、ドラムン・ベースやグリッチ的なつんのめるようなリズム感を常に背後に隠し持っていて、ここぞという場面で噴出させてくる。
バンドとしてのコンビネーションはまだまだこれからという面もあるが、90年代後半〜00年代初頭くらいのアプローチに若手を加えることで、旧メンバーでの活動再開とは別の成熟のさせ方を狙っているのではないだろうか? 短めの休憩を挟んで、50分程度の短めのセットを2本。ちょっとあっさりし過ぎという気もしないではないが、CDで耳にすることが出来る最近の彼らの音楽とはかなり異なる方向性を十分確認することが出来た。
すぐに次の予定へ移動。スモールズの階段を降りると一部で有名な猫が椅子をひとつ占領している。まさにセカンド・セットが始まる瞬間だった。
11:00pm at Smalls, 183 West 10th Street, NYC
Sunny Jain Collective
Donny McCaslin - tenor sax; Nir Felder - electric guitar; Gary Wang - bass; Sunny Jain - drums.
($20 cover/1 drink minimum per set)
インディ・レーベル、Brooklyn Jazz Undergroudに所属するサニー・ジェインはプンジャビ地方出身の両親の下に生まれたインド系移民二世。だが、その音楽はエスニックな背景をほとんど感じさせない、現代NYジャズのアヴェレージを示すものだった。ギターのニル・フェルダーはグレッグ・オズビーのバンドにも参加している若手。あまり流麗とは言い難いフィンガリングだが、ジャズ・ギタリストには珍しいストラトキャスターで、ほとんどアウトはしないもののなかなかアグレッシヴな演奏を聞かせる。テナーのドニー・マカスリンはゲストのようで、自分の入る場所を何度も確認していたが、ソロになればお構いなしの吹き捲くり振りだ。
1曲15分程度の長めの演奏。最後の4曲目では遂にインド風のメロディが全開になり、ドラム・ソロでは手でスネアを叩き、完全にタブラのフレーズを繰り出していた。やはりこう来るのかとちょっと残念な気もしたが、自分の民族や文化的背景をストレートに表出することは、民族的な出自が多様化を極める現代NYジャズのひとつの潮流には違いないわけで、何となく食傷気味で面白くない等というのは聴き手側の勝手な言い分に過ぎない。
ドニーに軽く挨拶。日本はどうなの? と訊くので、景気が悪いから仕事はダメだねと言うと、NYも同じさと答える。今夜は何故か地下鉄の乗り継ぎが良く、スムーズに部屋に帰り着くことが出来た。2アヴェヌー/86ストリートの角にある24時間営業ダイナー、Viand Coffee Shop of 86 Steetのほうが昨夜寄った店より小奇麗でメニューも豊富に見える。こっちにして置けば良かったと少しばかり後悔の念に囚われた。
益子博之のニューヨーク放浪記 2010年6月編 vol.10
wandering & wondering in upper east side - part 10
眠れるようにはなったものの今度はなかなか起きられなくなってきた。昨日までで昼間の既存の予定は完了したので、今日は会社方面のお土産物色に当てる心積もりだった。11時近くになって何とか動き出すが、腹が減って気力が湧かないので、とりあえず食事を済ませることに決める。カーテンの隙間からは強い陽射しが差し込んでいる。改めて天気予報を見ると、雨が降るのは夕方以降らしい。どうもこっちの天気予報はわかりにくくて困る。表に出ると気温は高めだが湿気は少なめ。とは言っても少し歩くとすぐに汗が滲んでくる。
地下鉄に乗ると両脚を失った老いた黒人が施しを求めて床をにじり寄って来た。どこかバツの悪い気分になるのは日本人ゆえか。だが、こちらでも大抵の場合、見て見ぬ振りを決め込む人がほとんどなのだ。今日は何故か周囲の幾人かに混じって、差し出された缶に財布に残った僅かながらのコインを投げ入れることにした。
確かに目の前にはニューヨークの風景や人々が映っているのだが、相変わらずどうにも現実感が無い。英語は必要最低限で済んでしまうし、日本人に会って日本語で話す機会も少なくない。僕にとってこうした「観光旅行」にどれほどの意味や価値があるのだろうか? こちらの人々、特に音楽家達ともっと具体的なことを詳細に話せるようにならなければ何の意味も無いのではないか? 気が付くと旅行前には一向に良くならなかった顎や首の吹き出物が治り始めている。身体のほうは現金なもので、あまり考えずに歩き回って汗をかいては寝るという生活を繰り返していると活性度が上がって来るらしい。
スプリング・ストリートまで下り、去年ランチが安くて感動したイタリア料理屋、Grotta Azzurraに向かう。まだ11時30分なので空いている。と思いきや続々と客が入ってくるから人気店なのだろう。迷った末に去年と同じ、ペンネ、モッツァレラとナスのトマト・ソースにスカート・ステーキの組み合わせを選んだ。肉に塩気が全然無いのでテーブル・ソルトを思いっきり掛ける。周囲の客達は単品に飲み物だけのオーダーが多いようで、後から入ってきたのにドンドン先に帰って行った。
店を出ると少し曇ってきたようだ。バワリー沿いのNew Museumのカフェで一服。"Rivane Neuenschwander: A Day Like Any Other"には音響を含むインスタレーション作品が二つ。ひとつは、天井からたくさんバケツを吊るし、それぞれの真下に設置されたバケツに落ちる水滴が小さな音を断続に発生させる作品。もうひとつは、床のカーペットや壁紙をランダムに剥がした空間の各所にフィールド・レコーディングされた音源を再生する小さなスピーカーを設置した作品。このところ、所謂「音響」系の音源を聴くことが増えているので、ついつい耳が惹き付けられてしまう。個人的にはその場で音を発生させているバケツのほうが周囲の自然音も含めて良く感じられた。
徒歩圏なので、ソーホーのMoMAデザイン・ストアへお土産の物色に向かうが、残念ながら改装中で営業再開するのは26日土曜になるという表示。ついでだからとユニクロを覗きに行く。内装は日本より洗練された雰囲気で、金額もほぼ日本と同様、物によっては日本より安いくらい。日本のメディアが騒ぐほどには売れているわけでもなさそうだが、日本でも並び称されるH&MやForever 21より品質が高く、またズボンの裾上げを無料でしかも短時間で実施するようなサービスはアメリカには全くないそうなので、それらが知られればポジションを上げて行く要因になるのではなかろうか。
このまま帰るのも何なので、53ストリートのMoMAに寄って行く。途中、五番街の角にはユニクロが出店するらしく工事中。H&Mが並びにある。随分強気だが、結果は如何に? さてMoMAのほうだが、常設展示もかなり変更されていて、特にフルクサス等の現代アートが充実している。一通り見てから本来のお土産物色に移る。今回、仕事上で迷惑を掛けた主要メンバー向けのブツは概ね選ぶことが出来た。これで明日は安心して美術館巡りや散歩のほうに比重を置ける。だが、既に都心の暑さと建物内の冷房の寒さの落差にやられて草臥れてしまってグッタリだ。
1時間ほど眠り扱けて目を醒ますと、じっとり寝汗をかいており、何だか朦朧としている。今夜のコーネリア・ストリート・カフェは混雑具合の予想がつかないので、開場時間前には到着しておきたい。ノロノロと身支度を整え、表に出ると幾分涼しめ。少し雲が増えたが、雨が降りそうな気配は微塵も無い。


