橋爪亮督グループ2009年5月23日(土)14:30 新宿ピットイン 橋爪亮督(ts, cl, loops) 佐藤浩一(p, key) 市野元彦(eg, loops) 鉄井孝司(b) 橋本 学(ds, per) |
何時になくダークで沈んだテナーの響きが、
起伏に富んだエモーショナルな展開を呼び寄せる
何時になくダークで沈んだ音色の橋爪亮督のテナーの響きに、これまた何時になくエネルギッシュな橋本学のドラミングのプッシュが加わると、起伏に富んだエモーショナルな展開を呼び寄せるのだが、決して勢い任せには陥ることのない「寸止めの美学」とでも言うような、抑制の利いた演奏姿勢は一貫している。今回のライヴでは、ピアノとベースがレギュラー・メンバーと異なる上(レギュラーは浅川太平と織原良次)、橋爪自身が体調不良に見舞われていたようなのだが、聴いている分には寧ろそれらの条件が奏効しているように感じられた。安定感と拡がりのあるボトムを生み出すウッド・ベースに、繊細なタッチで音楽の動きに俊敏に反応するピアノ。
ある音楽の性質をその音楽を聴いたことのない人に説明することには常にもどかしさが付きまとう。だから、いつでもある種の後ろめたさを引き摺りながら、目を瞑ってハードルを跳び越えるような気持ちで文章を綴る。例えば、このグループの音楽を、ヤン・ガルバレクとパット・メセニーの間を繋ぐような音楽、と呼んでしまうことは容易い。橋爪のテナー・スタイルをマーク・ターナーやウォーン・マーシュとの対比で語ることも同様だ。だが、無論ことの本質は、そのような表面的な記述で表現し切れるところにはない。
微妙な感情の動きを的確に表現するセンチメンタルでパセティックなメロディ、時にはフリー・フォームに突入することすらあるスポンテイニアスなアドリブ展開、メンバーの一挙手一投足に即座に反応し合うインタープレイの妙味、バンド・サウンドに拡がりを与えるべく絶妙のタイミングで挿入されるループ、等々。そこには現代ニューヨークの、00年代のリアリティを感じさせる音楽とも共通する要素が溢れている。だが、本当に聴くべきはミュージシャン一人一人に固有の響きであり、それらが折り重なることで初めて生成してくる重層的な時間の流れである。日本の、東京という場所や環境を抜きには生まれ得ない音楽であることを忘れてはならない。
7/2(火)にはモーション・ブルー・ヨコハマでのライヴが予定されている。この機会により多くの方がこの音楽に直に触れられることを切に願っている。
橋爪亮督<http://www.ryohashizume.com/>
佐藤浩一<http://koichisato.com/>
市野元彦<http://www.motohikoichino.com/>
鉄井孝司<http://koztet.oops.jp/main/>
橋本 学<http://manabuhashimoto.com/>
新宿ピットイン<http://www.pit-inn.com/>
モーション・ブルー・ヨコハマ<http://www.motionblue.co.jp/>


