ジョン・チカイは健在である。だけど僕は満足していない。
テナー奏者の彼が再びアルトを手にする日を待ちたい
日本に来ていない(であろう)最後の大物ジャズマンのひとりがジョン・チカイだ。彼はデンマークに住んでいるが、たまにアメリカにもあらわれる。2008年2月、ニューヨークにいた僕はたまたま生演奏をブルックリンで聴くことができた。
が、その記憶は殆どない。なぜならライヴが始まる前、クラブのバー・カウンターでからまれたからである。「俺の服にビールがかかった、どうしてくれるんだ」と、無精ひげとボサボサ頭の男が、ろれつのまわらない英語で、「さあどうする、オマエどうする」と迫ってくるのだから、たまったものじゃない。ぼくは彼のポケットが銃で膨らんでいないかどうかを確認しながら、そこからどう逃げようかとばかり考えていた。ぼくが演奏の行なわれるフロアに向かったら、その後を彼が追ってきた。身の危険を感じた。
フロアに入るとチカイはバス・クラリネットを組み立てていた。手を伸ばせば触れられそうな距離に彼がいる。ジョン、近い。そして、デカい。2メートルぐらいあるだろう。顔の彫りが深い。2曲目ではテナー・サックスを吹いたと思う。僕の知る限り、70年代の終わりごろからチカイはアルト・サックスよりもテナー・サックスに比重をおいている。ぼくは60年代、“ニューヨーク・コンテンポラリー・ファイヴ”や“ニューヨーク・アート・カルテット”における、発狂したリー・コニッツというべき彼のアルト・プレイが大好きなのだが、今のチカイは第一にまず、テナー・サックス奏者なのである。
が、いかんせんライヴの記憶はとだえたままだ。それだけに、そのときと同じメンバーによるこの新譜の登場は嬉しい。しかもマシュー・シップ他の興味深いアルバムを次々と出しているNu Bopレーベルからのリリースではないか。メンバーも僕が見たライヴのときと同じ。チカイのオリジナル、メンバーの書き下ろしに加え、黒澤明の映画から「用心棒」(作曲は佐藤勝)をとりあげているのも面白い。曲によっては若手ミュージシャンを立てすぎなんじゃないか、と思うところもあるが、サンバやアフロ・ビートの要素も感じさせる音作りは軽やかで親しみやすい。
とにかくジョン・チカイは健在である。だけど僕は満足しているわけじゃない。再び彼がアルトを手にする日を待ちたいと思う。と思ったら、Steeple Chaseから、アルトでセロニアス・モンクの曲をやった『In Monk's Mood』というアルバムが出るみたいじゃないか。おお!
John Tchicai on Jazz Loft



