混民サウンド・ラボ・フォーラム 第3回:批評の現場と音楽の現場:場所論の試み2010年5月2日(日) 吉祥寺 サウンド・カフェ・ズミ |
「音楽の現場」に較べて「批評の現場」については
具体的な展望や明確な見解が示されなかったのではないか
5月2日の日曜日に吉祥寺の『サウンドカフェ・ズミ』で開催された、北里義之氏主宰による『混民サウンド・ラボ・フォーラム』第3回『批評の現場と音楽の現場:場所論の試み』を聞きに行った。司会は北里さんで、パネリストは大友良英さんと平井玄さん。大友さんの音楽はずいぶん昔、確か90年代の初めころだったと記憶しているが、当時の音楽雑誌『AVフロント』にライヴレビューを書くため、吉祥寺の『マンダラ2』にライヴを見に行ったのが最初だった。当時の大友さんは、自作のまな板を細工したようなノイズマシーンや、ターンテーブルを自在に使いこなしており、その音楽的想像力の豊かさにいっぺんでファンになってしまった。私のノイズ好きはこの辺りに原点があるようだ。
その後、何度かライヴに行き、確か三上寛をゲストに迎えたときだったと記憶しているが、いまやダウト・ミュージックの主宰者、沼田順さんがベーシストとしてサイドに参加していたことを覚えている。また、同じくサイドのパーカッショニスト、確かイム・スウンさん(何しろ大昔のことなので名前が違っていたら申し訳ありません)だったかと思うが、彼のポリタンクを加工したドラム様の楽器から出る音がえらくカッコ良かったことも鮮明に覚えている。また、これもずいぶん昔だったが、いーぐる連続講演のゲストか何かで大友さんが来店されたこともあった。
一方、平井さんは雑誌などでお名前は当然存じ上げていたが、お目にかかるのは始めて。ただ、2005年に太田出版から上梓された『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』がご自身の体験を率直に語ったなかなか面白い本で、特にご実家が新宿2丁目の洗濯屋さんと知り、1960年代当時あのあたりを徘徊した記憶(知る人ぞ知るジャズ屋『バードランド』が今ピットインの建っている場所にあった)などと共に、勝手な親しみを抱いていた。
講演は大友さんの新しい試み『ENSEMBLES』と平井さんの「サウンド・デモ」を巡る話題で始まり、音楽の現場の新しい試みを「場所論」の視点から語るやり取りが展開された。残念なことに私はどちらも見ていないのでこの件についてはあまり詳しく語れないが、それでもお二人のやり取りから、「音が街に出ること」の意味や問題点、また、音楽の新しい伝え方についてのさまざまな議論を興味深く聞かせていただいた。
また、平井さんは、音楽評論、音楽メディアの現状についての、どちらかというと悲観的な見解を述べられたが、それらは私たちが抱いている感覚とまったく同じで、結局いずこも同じなんだなあという感慨を抱かせるものであった。平井さんの発言中「音楽の聴かれ方が大きく変わっており、また音楽が演奏される現場も変わっている、だから両者を突き合わせる必要がある」という部分は大いに共感できるのだが、その具体的方法についてはこの日の講演ではあまり明確にされなかったように思う。
また平井さんは、場所論とは空間の問題でもあり、「空間をいかに作るか」が問われている、それは公共空間に入り込むことでもある、として、あえて野蛮な音環境に入り込む「サウンド・デモ」の試みを評価しているという。
一方の大友さんは、「空間から先に考える」スタンスで、サウンド・インスタレーションとも言える『ENSEMBLES』を行っているという。批評家である平井さんが「空間を作る」発想で「サウンド・デモ」を行い、表現者の大友さんがある程度空間を「与えられた条件」と見なす、ある意味での逆転現象が面白い。
こうしたやり取りの最中に、会場の植松青児さんという実際の「サウンド・デモ」実行委員の方が、ヘゲモニーでやるような運動には問題がある、(デモの効果を高めようと、より大きな音で競い合ったり、自己主張をしようと拡声器を使ったりして)権力を行使すると、敵に似てくる、だからペットボトルの中にどんぐりを入れた、あまり大きな音の出ない手作り楽器の使用を推奨すると、音の持つ特殊性に着眼した非常に興味深い視点から発言された。
実際ヨーロッパなどでは教会の鐘の音が一種の権力装置として機能していたのだから、音響の行使を権力と結び付ける発想には正当な根拠がある。
またこの方は、「野宿者メーデー」という催しをやったときのこととして、手作りの楽器を作ってそれを鳴らしながら車道の真ん中を歩いたところ、それを見ている「一般人の身体性が変わる」と、これまたたいへん興味深い観察を話してくれた。要するに、ふだんは冷たい彼らの目線が好意的になるというのだ。これもまた非常に示唆に富んだ視点である。
それに伴い大友さんが、音楽の効用として「居場所を作る」ことがある、またそれはコミュニティを作ることでもあるとして、ご自身が知的障害を持った子供たちと共に音楽をやる試みに参加したときの経験を語ってくれた。端的に言って、音楽をやったからといって病気が回復するというわけではないにしろ、音楽をやることにより子供たちやその親が生き生きとしてくるというのだ。どちらの話も、私に音楽の持つ力についての見過ごされやすい側面を教えてくれた。
批評の問題点としては、大友さんが、90年代ぐらいから批評もジャーナリズムも機能しなくなっているといい、この見解は私たちcom-postの同士たちとまったく同じであった。この件にからみ、平井さんは、最近音楽家が自らの音楽を語ることが多くなったようだが、この傾向は彼らの思惑とは逆に、音楽が閉じられることにつながると言い、大友さんもまた、音楽家が書くと小さなサークルに納まってしまい、結果として自家中毒になると警告を発していた。
平井さんはご自身の今後の課題として、自らの欲望の内的必然性に関心が向かっており、ジャンルとは関係なくさまざまな音楽の系譜を考えているという。そうした発想から「どもる音楽」に対する関心が強まっているという。ちなみに平井さんの言う「どもる音楽」とは、たとえばボブ・ディランであり、オーネット・コールマンであり、アルバート・アイラーであるという。
ここから話題は北里さんのいう「病者の音楽」へと移り、デレク・ベイリーが引き合いに出される。このときまたもや植松さんから非常に興味深い視点が提示された。ウエマツさんの発言を要約すると、「どもりを病と見ないほうが良いのではないか? 過酷な体験が吃音を招くのであり、自らの体験を話したとしても理解されないのではないかという不安が吃音を招く。つまり、世界との関係や表現が失敗するのではないかという不安が吃音の原因ではないか。」という、極めて説得力のある見解(誰か研究者の著述の引用であったかもしれないが、著者の名前はメモし損ねた)が展開された。
平井さんは、ディランやブルースマンのどもる音楽はある意味で「ヘタ」なのだが、それを自分は肯定すると言い、それに対して大友さんから「訛り」とどう違うのかという質問が成される。これに答えるようにして平井さんは、かつてその話題を大谷能生氏と議論したことがあるが、そのとき大谷さんは「二つの違うものを無理につなげようとすると訛るのだ」という説を出したが、自分は違うと思う、訛りは別に間違っているわけではないとし、「訛り」と「吃音」は違うと自説を述べた。この平井さんのご意見には私も同感だ。
それに伴い、大友さんが、菊地成孔さんや大谷能生さんの提唱するバークリー・メソッドは「訛り」に無神経であり、そこがこのお二人の説の問題点であると発言した。また、大友さんは「批評」は対象の位置づけをするものだが今はそれが出来ない時代になっている、だからこそジャズの歴史の書き換えが必要であり、それは美術でも同じようなことが言えるという主旨の発言をした。これも私たちの抱いている危機意識と完全に同じである。
最後の質疑応答で、com-post益子さんから、「批評の現場と音楽の現場」というタイトルだが、「音楽の現場」については充分な議論がなされていたが、「批評の現場」については具体的な展望や未来に対する明確な見解が示されていないという不満が述べられた。実を言うとこの不満は私も内心抱いており、どのような回答があるかと思っていたが、それに対して平井さんが、自分は自らの内的関心に従って前述の「どもる音楽」について研究を進めているという主旨の回答があった。
私の感想としては、それは平井さん個人の問題としては理解できるし、私も「どもる音楽」という発想自体にたいへん興味があるが、それは大友さんや私たちが危惧する、現在の「新しい音楽」に対する批評の不在という、本質的問題の直接の回答とはなりえないのではないかと思った。
講演終了後、平井さんに自己紹介し、オーネットの音楽は私も大好きだけど、私はそれを「どもっている」とは受け取らず、むしろ「訛っている」と受け止めている(訛りはもちろん間違いなどではない)。そして、ジャッキー・マクリーンもそうだが、ジャズはクラシックと違い、「訛る」こと自体を肯定的に受け止める音楽だという自説を開陳した。
「批評の現場」という問題についてはいささか期待外れではあったが、そのほか私の知らないことが数多く議論され、そうした意味では今回のイヴェントも大いに意義深いものであった。最後に時間が無かったので質問を控えた疑問に、北里さんの言う「病者の音楽」という文脈で、大友さんの知的障害を持つ子供との音楽と、運動ニューロン疾患とされるデレク・ベイリーの例が並列的に論じられていたが、知的障害と肉体的障害を同列に論じても良いものかどうか、そのあたりのみなさんのご意見を伺いたいと思った。
具体的に言えば、精神的障害があったとされるパウエルやモンクの音楽と、肉体的障害があるジャンゴ・ラインハルトやホレス・パーラン、あるいは晩年のローランド・カークの音楽を「病者の音楽」とひとくくりに論ずる意味は何かという疑問である。もっとも、知的障害と精神障害だって同一線上で論じられない問題ではあろうが......
sound café dzumi
大友良英


