ゾーンの映画音楽シリーズはジャンルの壁を軽々と横断して
こちらの想像力を刺激する、極めて優れた音楽ばかりだ。
英語に「larger than life」という言い回しがある。彼はlarger than lifeだったとか、そんなふうに使う。辞書を引くと、「並はずれた、英雄的な、叙事詩的な」というような説明が出てくる。私の偏った印象かもしれないが、この表現は一口に英雄と言っても聖人君子ではなく、功罪相半ばして評価が難しいとか、人格やプライベートに問題があって波乱に富んだ人生を送ったとか、そういったタイプの人に用いられることが多いような気がする。ジャズで言えば、同じ超一級の音楽家でも例えばクリフォード・ブラウンやキャノンボール・アダレイあたりをlarger than lifeと言うと個人的には何となく違和感があるのだが、パーカーやマイルス、ミンガス、ラサーン・ローランド・カークあたりをlarger than lifeと呼ぶとしっくりくる。思えば真のジャズ・ジャイアンツと言われるような人々は、みなlarger than lifeであったようにも思う。
larger than lifeな人々の人生は往々にして派手でドラマチックなので、ドキュメンタリーの題材にはぴったりだ。というわけで、とうとうXXIII、すなわち23作めを数えることになったジョン・ゾーンの映画音楽集『Filmworks』の、今のところ(ずいぶん前に買ったのだが、本業が忙しくて聞いていなかったのでレビューが遅れた)最新作であるこの『El General』が伴奏をつけるのは、メキシコ史上最もlarger than lifeな人物の一人と目される独裁者、プルタルコ・エリアス・カジェス(Plutarco Elias Calles 1877-1945)の同名伝記映画である。
カジェスという人物の名前を聞いたことがあるのは、日本ではメキシコ史の専門的な研究者に限られるだろう。アル中の貧農の私生児という極貧の境遇(プルタルコスだのイーリアスだのといった大仰な名前のみならず、カジェスという姓も実は自分で適当に付けたもの)から身を興したこの男は、「革命児」ことエミリアーノ・サパタを始め、立役者のほとんどが暗殺や処刑で非業の死を遂げたメキシコ革命において、ただ一人しぶとく生き残った。1924年から大統領を一期だけ務め、その後は(再選が憲法で禁じられていたので)傀儡を次々と大統領に据えて政界の黒幕として暗躍。ちなみに、彼が支配の道具として結成したのが、2000年まで70年以上の長きに渡りメキシコの与党だった制度的革命党である。
カジェスがメキシコの実権を握っていた時代はマキシマート(Maximato)期と呼ばれ、社会保障制度の導入や労働者の団体交渉権の保障、小作人への農地再分配など急進左派的な改革が進む一方、国家と宗教の関係や教会財産の扱いを巡ってカトリック教会と激しく対立した(カジェスは過激な無神論者だった)。最終的にこの対立は、クリステーロス(Cristeros)戦争と呼ばれる、政府対聖職者の内戦という前代未聞の事態へと発展することになる。結局この戦争では政府側が実質的に勝利を収めたが、講和してもなお聖職者を次々と殺害、追放したカジェスは、「尼僧焚殺者」との悪名をほしいままにした。しかしこのカジェスの所業こそが、伝統的に大地主層と結びつき、中南米の封建的圧制の維持に貢献することが多かったカトリック聖職者層を政治や教育の場から排除することにつながり、その後のメキシコの近代化と発展に大きな影響を及ぼしたのである。カジェスが「近代メキシコの父」と呼ばれるのも故無きことではないのだ。
しかし、その後のカジェスの体制は次第に腐敗と独裁色を強めていく。ストライキや共産党の禁止、土地再配分の遅滞といったカジェスの「裏切り」に、労働者や農民といった従来の支持層は急激に離反。更には「金シャツ団」なる団体を手先とした反ユダヤ、反華僑のファシズム的傾向をも強めることになるカジェスは、最後に致命的な失敗を犯してしまう。かつての部下、ラサロ・カルデナスを大統領に据えたのである。しかし、後に「メキシコ史上最良の大統領」と言われることになるカルデナスは、カジェスの傀儡に甘んじるような人物ではなかった。
カルデナスによって徐々に、しかし着実に側近が要職から排除されていく中、有効に反撃できなかったカジェスは1936年、反乱罪で逮捕されアメリカ合衆国に追放される(逮捕時にはヒトラーの『わが闘争』を読んでいたと伝えられる)。アメリカではメキシコ史上最大の哲学者と言われ、かつて自分が追放した政敵でもあるホセ・ヴァスコンセロスと親交を結び、心霊術に傾倒。最晩年には恩赦でメキシコに戻り、静かな余生を送った。かつては無神論者として鳴らしたカジェスだが、死の直前には「より高次の力」の存在を確信していたと言う。
というような、一概に善玉とも悪玉とも、英雄とも悪漢とも言い難い、そもそもそう言った分かりやすい二分法を嘲笑するかのような波瀾万丈のややこしい人生を送ったカジェスの伝記映画を、メキシコ出身の新進女性監督ナタリア・アルマーダが撮ったのが『El General』というわけだ。この作品は2009年のサンダンス映画祭に出品され、監督賞を取るなど注目された。実はアルマーダ監督はカジェスの曾孫、かつマーク・リーボーの親友なんだそうで、そのつながりでゾーンに映画音楽を委嘱したらしい。多忙を極めるゾーンは当初あまり乗り気ではなかったようだが、執拗な要請、そしてリーボー経由の依頼なら、ということで、必要なだけのスコアを書き上げた。そしてリーボーを含むクインテットに演奏させたのが、本作ということになる。にも関わらず、実際の映画ではゾーンの曲は結局3曲しか使われなかったので、ゾーンは憤慨というか呆れているらしい。あの曾祖父あってこの曾孫ありということか。
そういった舞台裏のあれやこれやはともかく、音楽自体は美しいメロディと強い情景喚起力で、映画とは独立した鑑賞に耐える。私自身、映画は未見だが、曲のタイトルから、どういう場面で使われた(あるいは使われる予定だったか)はなんとなく想像できる。少なくともその限りでは、出来が悪かったから、あるいはあまりにもイメージとずれていたから映画で使われなかった、ということではなさそうだ。マリンバやアコーディオンもよく効いているが、やはり光るのはリーボーの変幻自在のギターだと思う。
ゾーンの映画音楽シリーズは、彼の膨大な作品群の中でもとりわけ軽視されがちな分野だ。所詮は映画音楽、スタイルがバラバラ、そもそもゾーンが吹いていない、などリスナーの腰を引かせる要素には事欠かない。そのせいかあまりメディアで取り上げられることもない。しかし私が聞いた限りでは、どれもジャンルの壁を軽々と横断してこちらの想像力を刺激する、極めて優れた音楽ばかりだ。とりあえずこの「El General」から、ぜひお試し頂きたい。



