ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバル20102010年5月29日(土) 日比谷野外音楽堂 |
目の前に、あのソロモン・バークのライヴがいる!
巨像の放つ“ソウルの熱量”は桁外れなのである。
ブラック・ミュージック・ファン待望の本イベント(旧ジャパン・ブルース・カーニバル)も今年で25周年だそうだ。ぼくも7,8回は足を運んでいる。バディ・ガイ、B.B.キング、憂歌団などを見た記憶は今もありありと思い出すことができるが、どういうわけか雨にたたられる日が多かったこともまた、鮮烈に思い出す。この日も今にも降りそうな天気だった。折りたたみ傘と合羽を持って日比谷公園へ。入り口にいきなり張り紙がしてある。まさか「ソロモン・バークが急遽来日不能になりました」という告知ではあるまいな、と身構えてしまう。というのは、以前このイベントで、「出演予定だったジョニー・ギター・ワトソンが昨日、急逝しました。払い戻しに応じます」という張り紙を見て仰天、地団駄ふんだことがあるからだ。
けっきょく、来日不能になったのはソロモンではなくバーナード・アリソンのほうだった。バーナードも素晴らしいミュージシャンだが、「次、いつ日本で見れるかわからない度」はソロモンのほうが圧倒的に高い。結果、バーナードの代役は急遽ジョー・ルイス・ウォーカーが務めることになった。
ソロモン一座は、ローラーコースター(ゲストに吾妻光良)、ジョー・ルイス・ウォーカー・バンドに続いて登場した。バンド・メンバーが登場し、オープニング・テーマを演奏すると共に舞台の明かりが消え、次に点灯されたときには舞台中央にある巨大な椅子に腰掛けたソロモンが歌っている、という寸法だ。艶やかでハリのある声は60年代のアトランティック盤、70年代のMGM盤の頃とちっとも変わっていない。
「ダウン・イン・ザ・ヴァリー」、「キープ・ア・ライト・イン・ザ・ウィンドウ」、「ドント・ギヴ・アップ・オン・ミー」、「アイ・ウィッシュ・アイ・ニュー」(ジャズ・ピアニストのビリー・テイラーが作曲した。弘田三枝子も歌っている)などの名曲が次々と登場しては現れる。だが残念ながらそのほとんどはメドレーの一部としてワン・コーラス、へたしたら16小節程度歌われるだけだった。どういうサービスなのか、オーティス・レディングの「ドック・オブ・ザ・ベイ」やベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」などもメドレーに織り交ぜて歌っていたが、ぼくとしては全部ソロモンの自前のナンバーでまとめてくれたほうが、よほど嬉しかった。「ホーム・イン・ユア・ハート」を歌わなかったのは画竜点睛を欠くし、ローリング・ストーンズや映画「ブルース・ブラザーズ」でリバイバル・ヒットした「エヴリバディズ・ニーズ・サムバディ・トゥ・ラヴ」がワン・コーラスでは欲求不満になる。途中、息子と娘の歌をはさんだのは(ソロモンは21人の子供、17人の孫がいるという)、体力温存の意味があったのかもしれないが、ふたりとも「偉大なるソロモン・バークの子供」だというのに才能のかけらも感じられないようなヴォーカルだった。
だがこうした不満も、「目の前に、あのソロモン・バークのライヴがいる」という感激に比べたら鼻くそみたいなもの。次に彼が来日して、まったく同じセット・リストで公演しても、ぼくはやっぱり見に行くだろう。なんだかんだいっても、巨像の放つ“ソウルの熱量”は桁外れなのである。


