critique / 音楽批評
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2010.06.29

後藤雅洋×益子博之 往復書簡「ジャズにおける身体感覚の変容と認識の切断面 再考」 vol.52

「身分け・言分け構造」の関係は複雑で、丸山の説明によれば言分け構造が身分け構造の上に「重ね書き」されている

後藤:
>後藤さんの仰りたいことは、複数形の「ランガージュ」が作用しているのであれば<A>であり、それは同時に<C>でもある、ということだと思うのですが、いかがでしょうか?

まず益子さんの言う<C>は

<C>音楽を聴いた、あるいは演奏する人間の「身体感覚」は、「ランガージュ」とはまったく次元の異なる「より広範な人間の文化的創造能力」を通じて「非言語的な音楽の意味」を生成し、「音楽的価値の集大成」である「音楽理論」を生み出していく

でしたよね。「より広範な人間の文化的創造能力」がすなわち複数形(広義)のランガージュなのですから、「ランガージュ」とはまったく次元の異なる「より広範な人間の文化的創造能力」という言い方がよくわからない。つまり

>後藤さんの仰りたいことは、複数形の「ランガージュ」が作用しているのであれば

という質問の前提と矛盾しているように思えるのですがいいかがでしょう。ともあれ、この質問の答えは「違います」としか言い様がありません。

次いで「一つ目」の質問、「言分け構造」と「身分け構造」のモデル図に対する意見を申し上げます。

下部の枠で示された「身分け構造」が直接上部の枠で仕切られた「言分け構造」に作用を及ぼしているように見えますが、その関係はもっと複雑で、丸山の説明によれば、言分け構造が身分け構造の上に「重ね書き」されているという表現を使っています。

「二つ目」の質問については、ソシュール自身著作を残さず彼の生徒たちの書き残したさまざまな講義録の解読が現在の構造主義言語学なので、概念の成立順序についていろいろな説があるようですが、ソシュールは最初から、言語成立の契機となる潜在能力と人間の文化活動一般を成立させうる潜在能力と同一視していたようです。つまりランガージュの狭義の意味と広義の意味は同根であるということのようです。

「三つ目」の質問ですが、パラレルというより同じ作用なのですから、より根源的だったり、上位の創造能力というようなものはないと思います。

不十分かもしれませんが、一応これが私の回答です。私の感触では、この1年ぐらいの間に益子さんは言語学、および記号学についてずいぶん勉強されたようですが、事のついでに現象学の方も勉強していただければ、私の早トチリ、不注意による誤記、不正確で大雑把な概念をより精密に彫琢していただけるように思います。勉強は一人でやるよりみんなでやったほうがはかどります。また、せっかく記号学と関係の深い言語学の話題が出たのですから、以前益子さんがお話になっていた、音楽と記号学の関係について展開していただけたら、また話が面白くなりそうな気がしております。

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